※幸村の病気が再発して死んでしまった後の話という設定です














死ぬのは怖くないけれど、寂しいと思った。たった数年、それだけの間しか一緒に過ごさなかった仲間との別れなんて、たいして悲しくもないはずなのに。
俺は未練がましく現世にしがみつくことにした。そう、結局は、誰が心配だとか言い残したことがあるとか色々理由をつけて誤魔化しただけ、本当は寂しいだけだった。忘れられたくなかった。死して尚、必要とされたかった。我ながら幽霊の中でも質が悪い方だろうと思う。でも一応、なるべく善良な幽霊であるよう心がけるつもりだ。悪そうな同業者がいたら軽く追い払ってやることだってできる。

ただ、生きた災いを払ってやることはできなかった。







目の前にバイクが突っこんできたとき、俺は死んだと思った。自分の体がはね飛ばされたのを意識のどこかで感じながら、俺はほんの一瞬の走馬灯を急いで見返した。後悔とか感謝とかその他もろもろのいろいろな感情を呼び起こす暇もないまま、身体は地面に叩きつけられる。すぐに何もかも真っ暗になった。

気がつくと俺はいつものテニスコートに立っていた。来るのが早すぎたのか、俺と部長の他には誰もいない。
…部長?

「あ、赤也、久しぶり」

部長は振り返って俺に気づくと、にこっと笑って手を振った。

「幸村部長!」
「ちょ、ストップ!!!!」

俺が部長の方に行こうと足を動かすか動かさないかの一瞬に、久しぶりに部長の大声を聞いた。驚いて固まった俺は、踏み出しかけた足を慎重に元の場所に戻した。

「来るなよ、赤也」
「な、なんで、」
「お前はまだ生きてるから」
「え……あ、え?」
「分かったらもう帰りなよ」
「でも」
「ほら、早くしないと」

部長は俺から10メートルも離れていないところでいつかみたいに俺と普通に話してくれるから、この距離がもどかしかった。もっと近寄りたい。なんとなく踏み出しちゃいけないのは分かった、けど、もっと部長と一緒にいたかった。

「部長、俺たち、すっっっげえ寂しかったんすよ?」
「残念だったね赤也、みんなは寂しかったかもしれないけど俺はいつもみんなのこと見てたから、全然寂しくなかったんだ」
「嘘っすよそんなん絶対!!」
「…言ってくれるなあ、俺の渾身の嘘だったのに」
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ…」

すぐに帰れと言われるのが怖くて、沈黙を作るのが嫌で、この後もとにかく会話を途切れさせないように俺は必死にまくし立てた。その度に部長は困った顔をして、それでも話し続けてくれた。俺は部長に今までずっと言いたかったたくさんのことがこんなときに限って全然思いだせないで、次から次へ言葉を繋ぐのがこんなに大変なことだとは思わなかった。
それでも空いてしまった小さな間にひるんだ俺はやっと自分が泣いていることを自覚した。それからは声が出そうになるのを我慢するので精一杯だった。そして部長が今にも帰れと言うんじゃないかと、心底怯えていた。

俺が下を向いて黙っていると、

「しょうがないなあ、赤也は」

じゃあ俺がそっちに行くよ、確かにそう言った部長は俺の方に走って来た。驚いてとっさに構えられなかった俺はそのまま部長を抱きとめきれずに地面に倒されたと思った。

「ゆ、幸村ぶちょっ」

風邪の時みたいにかすれた声が出た、そして思うように体が動かせなかった。とにかく部長に今のがどういうことか聞こうと思って目を開けると何故か、俺の目の前で姉ちゃんが泣き崩れていた。訳がわからなかった俺はわんわん泣く姉ちゃんに部長がどこに行ったのか聞いたり、首が動かないから仕方なく目だけで周りを見回して部長を探したりした。ここが病院で、家族に囲まれているのに気づくと、俺はやっとこんなことになっている理由を思いだした。バイクにはねられたのはほんの数分前のような気がした。


部長はやっぱり俺と一緒に来てくれていた。部長の姿は俺にしか見えないらしい。俺が目を覚まして最初にしゃべったのが部長のことだったから、家族も見舞いに来てくれた先輩たちも、部長が俺をこっちに戻してくれたんだと言って泣いた。言われる度に、ここにいるんだけどなあと思って隣に座っている部長を見ると、唇に人差し指をあてて「しーっ」と言っていた。

部長は俺がもらったお見舞いのお菓子を片っ端から味見したり、気になるナースさんを堂々と尾行したり、「ちょっと怪奇現象起こしてくる」と言って夜中に散歩に行ったりした。誰にもばれないで色々なことをする部長を見ているのは楽しかった。

「退院はいつだって?」
「来月…以降って言われました」
「そっか、まあ気長にがんばれ」
「…でもあの、部長、つまんなくないすか」
「ああうん、そう、最近いい加減飽きてきたんだよ」

正直もう病院はこりごりだしね、と笑う部長に俺はすいませんと頭を下げた。部長がどんなに病院から出たくても出られなかったあの頃を思いだすのは今も辛い。

「赤也のせいじゃないよ」
「部長、どっか遊びに行ったりしないんすか」
「え、外に?」
「行けません?」
「いや、行けると思うけど…、赤也は寂しくないの?」
「…か、勝手に成仏とかしないでくださいよ?」
「あはは、どうかなあ」

日が暮れるまでには帰るからいい子にして待っててよ、と言って部長は出ていった。普通に生きてるみたいにドアを開けて、俺にちょっと手を振る部長が死んでいるなんて信じられなかった。手を振り返しながら、いつまで部長は俺と一緒にいてくれるんだろうと考えて、でもすぐにやめた。







赤也がこちら側に来てしまうのを、歯を食い縛りながら見ていることしかできなかった。あっという間だった。赤也には少しそそっかしいところがあるけれど、事故に遭ったのは完全にバイクの前方不注意が原因だ。許せない。でも今はとにかく赤也を、この世に戻してやらないといけないと思った。取り返しがつかなくなる前に戻してやらないと、赤也まで俺と同じになってしまうから。
「それは俺にとって喜ばしいことじゃないか」と一度でも考えてしまったことを、俺は認めなければいけない。赤也が俺と同じになる、それは俺の孤独からの解放につながる。考えなかった訳ではない。だが同時にそんな自分を激しく嫌悪したのも事実だ。赤也にまでこんな寂しさを味わわせたくない、その気持ちもやはり、本当だった。
だがしかし、死のうが生きようが自分のこともままならないのに、他人が思うようになるはずもなかった。赤也は俺から離れたくないと言って泣いた。時間はまさに刻一刻と過ぎていく。俺は仕方なく(本当はずっとこうしたかったのかもしれない)、赤也と一緒に向こうへ帰ることにした。久々に嗅いだ赤也の匂いに、胸がいっぱいになった。







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