〇手塚

息をするように彼と一緒にいた年月はそれほど長いものではなかったのに、それは俺の中で一度永遠になっていた。未だにあの時あの瞬間から、俺の時間は進まない。跡部は確かに、俺を愛していると言った。

言いたいから言っただけでこれ以上は何も望まない、今日を境に金輪際顔を合わせずとも構わない、と跡部は呟くように言って俺から目を逸らした。

「軽蔑したろ」

自嘲して笑う跡部を、俺はおそらく長い沈黙一秒一秒の間に傷つけていた。
受け入れるつもりがないなら、はっきりそう言ってしまえばよかったのだ。軽蔑した、と、二度と俺の前に現れるなと直ぐ様言い捨ててやれば、跡部も俺も吹っ切れただろう。しかし俺は何も言わなかった。跡部が目の前からいなくなるのは嫌だという本当に子供じみた、馬鹿げた気持ち一つで、俺は拒絶することが出来なかった。にも拘らず、受け止めることもしなかった。その覚悟も決心も目の前に差し出されたまま、それでもお前を愛しているとは言ってやらなかった。
俺があの時から確かに跡部を愛していたとして、それに気付けなかったのではなく認めようとしなかった俺の弱さに、跡部は気付いていただろうか。



〇跡部

崇拝にも似た恋だった、と表現するにはあまりに大袈裟で馬鹿馬鹿しい。だが単なる出来心と言い切るに忍びなく、かといって狂わされるような激しい感情の起伏を味わったこともない。言うなれば惰性と憧れを足して割って、無理やり恋と呼んだようなものだった。
だがあの時、俺が手塚を愛していると告げてしまったあの瞬間、俺の中にあった思いは明確な形を持った。口に出した言葉は当然手塚に向けたものだったが、むしろそれは跳ね返って俺自身を貫いたような気がした。あの時の告白は俺を手塚から離れられなくさせている。これ以上は何も望まない、今日を境に金輪際顔を合わせずとも構わないと言ったのもまた、他ならない俺であるのだが。口を動かしながらそれが本心なのかは自分でも分からなかった。

「俺はお前を受け入れることも、突き放すこともできない」

そう言って手塚は答えをくれなかった。優しいのかもしれない、卑怯なのかもしれない。俺はまるで牢獄の中だ。手塚を思い続ける限り開かない鉄格子の中で、いっそのこと早く処刑してほしいような気持ちでいる。それでいて、それが何にもならないことも分かっていた。だが少なくとも居場所が与えられたことで、俺は安心感を覚えていた。


糸が切れるようにぷつりと途切れてしまったその季節はいつの間にか過ぎ去って、俺たちは離れて暮らすことが当たり前になっていた。何かの折には思いだしたようにメールを送った。以前と変わらない返事が返ってくるのは嬉しかったが、しかし画面の中の無機質な記号の羅列に過ぎないその文面には、面と向かって話す時でさえ微妙な手塚の表情も抑揚も欠けていた。だから、二年ぶりにかける電話には柄にもなく緊張してしまっていた。

「俺だ」
「跡部か」
「番号変えてなかったんだな」
「ああ」
「調子はどうだ?」
「悪くない」
「…変わんねえな、手塚」
「…そういうお前は、変わったのか」
「いや、…変わらない」
「…それで何の用だ、跡部」
「二年ぶりに声が聞きたくなった、って言っても笑わねえんだろ、お前は」
「そうだな」
「…」
「用がないなら、俺から話していいか」
「ああ」
「お前と直接会って話がしたいんだが」
「………本当に変わんねえな、手塚」



〇手塚

久しぶりに会った跡部の顔は相も変わらずよく整っていた。浮かべている表情は厭世的とまでは言えないがどこか自虐的で、しかしそれがまたよく似合っている。いつもそんな顔でいるのかと訊ねると、お前のせいだと言ってうらめしそうに笑った。
謝るべきか、悲しむべきか。あの日から忘れられない跡部の姿が今、変わらず目の前にある。おそらく二年以上も跡部にこんな顔をさせ続けてしまったのは、紛れもなく俺の過ちだ。二年もこのままだったであろう跡部のことを思うと、安堵と形容するには黒すぎる感情が沸き上がった。跡部は俺を忘れようとはしなかったのだと思うと緊張していた心臓が跳ね、疼く。今ようやく俺の目の前に存在している跡部は、とても脆く壊れやすいように見えた。彼のために、俺ができることなら何でもしてやりたいと思えた。
だが自分の独占欲を満たすことに少しの後ろめたさも感じなかった訳ではない。やはり罪悪感の方が勝っているはずだと言い訳をして自分を正当化せずにはいられなかった。何より、早く伝えてやることが先決だと自分を奮い立たせて俺は口を開いた。

「二年前にお前が俺に言ったこと、覚えてるか」
「忘れられるわけねえだろ」
「…今更、答えてもいいか」
「…いいんじゃねえの」
「お前が聞きたくないなら言わない」
「中途半端に気遣ってんじゃねえ」
「いいのか、言っても」
「言えよ」
「すまない、遅くなった」

俺もお前を愛している、他に何も言えなかった。跡部は目を見開いてしばらく黙ってから、驚くほど静かな声を出した。


「…遅せーよ、馬鹿」




エンプティ・ハート

title by へそ






















跡部ってポエマーですよね?え、私がポエマーですか?…







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