仁王が突然振り向いたと思ったら正面から俺の肩に絡みついて、何も言わない。どうした、と聞いても、離せよ、と肩を叩いてみても、返事がない。もしかしたらのっぺらぼうにでもなってしまったんじゃないかと思って勝手にぞわりとしてみるけれど、それはたぶん怪談の読みすぎだ。仁王の浅い呼吸が俺の鎖骨の上で聞こえる。その薄っぺらな胸板の奥の心臓はどくんどくんといつもより速く動いていて、俺のそこはかとない不安を煽った。

「仁王、ねえ、黙ってちゃ分からないよ」

沈黙に耐えきれない俺の台詞はいやに棒読みで、言わなければよかっと後悔した時はもう遅く、静まり返っていた部屋の空気は俺が再び沈黙した後も言葉の余韻に未だ乱されていた。俺と仁王の内側以外は何もかも止まってしまったようなあの空気こそ、仁王が作りだしたかったものに違いないのに。

「……幸村は、」

しばらく黙った後のかすれた声で名前を呼ばれるのは昔から好きだった。でも、風邪なんじゃないかとか、また煙草を吸いはじめたんじゃないかとか、ひょっとしたら泣いているんじゃないかとか、とにかく不安の種になるから正直なところあまりかすれていてほしくはなかった。

「幸村は、俺がどのくらい幸村のことが好きか、知らんじゃろ」
「……知ってるつもりだけどなあ」
「いーや、知らんよ」

何がおかしいのか、息だけでくすくすと笑った仁王はようやく顔をあげて俺と向き合った。冷たい指先を俺の頬にそっと当てて少し逡巡すると顔を寄せてきたから、俺はその薄い唇を手でおさえて仁王の顔をぐいと遠ざけた。

「ほら、な」
「いやこれは違うだろ」
「……キスぐらいしたって、」
「いやだよ」
「俺のこときらいか」
「なんでそうなる」

俺はお前のこと好きだよ。仁王の目を見て心から言ってみるけれど、俺の肩に食い込む仁王の細い指は震えていた。

「寒いの?」
「うん」
「嘘つけよ」
「ほんと」
「仁王、」

ほんとだよ。愛してるよ。何故か、何度言っても言葉はどんどん薄く引きのばされていく気がして、そのうち自分が本当のことを言っているのかすら分からなくなってきた。自分が一言一言発するたびに言葉が色褪せていく気がして、悲しかった。

「ごめん、仁王、俺本当のこと言ってる、けど」
「うん、」
「俺が嘘つきだって思うだろ」
「いや……」
「嘘だよ、それこそ嘘だ」

仁王の服で無理やり涙を拭いて、息を整えたらやっと落ち着いた。仁王はまだ泣きそうな顔で、俺の頭を撫でて勝手に傷ついていた。もっとお前の好きなようにしていいと言っても、そしてそれに相づちをくれても、仁王は俺の頭をただ撫でるだけで他には何もしてこないし、俺から何かする気にもならなかった。
二人きりで居られることを素直に喜べない自分たちがむなしい。こんなに近くにいるのに、いくら本音を言い合っても互いの胸に届かないような隔たりがもどかしい。こうなるなんて思ってもみなかった。それでも、もう以前の関係には戻れないし終わらせることもできない。俺は仁王から離れたくなかった。一緒にいるだけでこんなにも苦しいけれど、一緒にいないと自分はまるで生きていないような空っぽの気持ちになる。そして仁王は果たして今生きているだろうかと、またどこかで危なっかしいことでもやってやしないかと不安になる。病気だと言われても仕方ない。俺は文字どおり恋に狂って死んでしまいそうだ。

たまにはお望み通り、窒息するほど長いキスをしてやってもいいかもしれないと思った。そうしてきっと何が変わる訳でもないけれど、舌から唇から唾液から、俺の本音が少しでも伝わればそれでいい。そしてあわよくば、仁王の本音を全て絡めとって食べてしまいたかった。俺が唇を近づけるとちっとも嬉しそうじゃない表情で、そのくせ指先の震えを止めて、仁王は俺の手首を強く握って名残惜しそうに目を閉じた。



世界の中心でふたりぼっち


title by へそ

20130123・加筆修正







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