お兄ちゃん、お元気ですかと取って付けたような書き出しで始まるミユキの手紙を何度か読み返して、きれいに畳んでから棚の一番上に飾った。そうして床に転がって、時計を見て小さくため息をつき、校内に響き渡る予鈴と遅刻寸前のバタバタした足音を聞いていた。
俺にだって一応、遅刻を心配する心は残っていた。レポートの提出期限が今朝までだということも知っている。しかしそれらが一番の優先事項であるという考えがどうしても持てなかった。教室に時間通り到着して、教科書を開いて、静かに授業を聞いているだけで誰にも文句を言われないと分かっているのに、自分のそういう姿を思い浮かべていると現実味ばかり消えていく。
その点ミユキからの手紙にはリアルな手応えがあった。いつもと違って他人行儀な敬語で書かれた手紙でも、俺はミユキの学校生活や最近欲しいもの、好きなもの、嫌いなものを少なからず伺い知ることができた。そして、俺のためだけに書かれたその手紙には何か頑丈な背骨のようなものがある気がした。その背骨こそ俺が持ち合わせず、尚且つ必要としているものだった。

桔平にはそれがあったのかもしれない、と最近は思うようになった。俺は俺に足りないものを桔平で補っていたのではないか、と。桔平はよく言った、お前はお前のままでいいと。その言葉が嬉しかった。でも何かが胸を塞いで、何の返事もできなかった。あの頃は、何が胸を塞いでいるのかがわからなかった。二人の間が何百キロも離れてしまった今になって、たくさんの言いたいことが口をつくでもなくどこかに押しこめられたまま息を詰まらせている。






「白石くん…授業、どうしたと?」
「それ、俺の台詞やんなあ」

あきれ顔の白石が朝礼台の下から俺を見上げた。

「もう昼休みやで?」

俺の隣に座っていそいそと弁当を広げる様子に面食らっていると、白石は俺の腕を掴み、にやっとして言った。

「今日は千歳クンに大事なお話があります」
「お説教は聞き飽きとっとよ」
「まあまあ、聞き流してくれてもええから」

きれいな黄色の卵焼きを口に運んでニ、三度もぐもぐしてから、白石は俺の目をこれでもかというほどまっすぐ見て話しだした。

「部活、そろそろ出てもらわんと困るなあ」
「…」
「千歳クンが強いのはみんな分かっとる。でもなあ、勝ったもん勝ちや言うても、部員全員が納得できへん勝ち方はやっぱりあかんと思うねん」
「…白石くんはよか部長たいね」

白石は完璧に整えられた真剣な表情を崩して、ありがとう、と言ってから話を続けた。

「みんな千歳クンと練習したいんやで」

俺もな、と言ってふりかけご飯を口に運ぶ白石の笑顔は相も変わらず完璧で、その笑顔をずっと見ていられるなら毎日時間通りに練習に出ようかなんてなんのためらいもなく考えてしまうほど俺の思考はシンプルに混乱した。ほらこれだ、俺には確固たる信念も譲れない思いも何もない。少し風に吹かれただけでどこまででも飛ばされてしまいそうだ。実際、いろいろなものに飛ばされて流されて、俺はこんなところまで来てしまったのだ。もう誰のところへ帰ればいいのかもわからない。ならばいっそここに深く根を張ってしまおうか、今度こそ根付くことができるだろうか。簡単に揺らぐ自分の浮気性にもいよいよ歯止めがきかなくなってきた。白石の隣にいたいと思ってしまう自分に罪悪感を感じているのに、ここから逃げだそうなんて気はさらさらない。俺の心は、ひょっとしたら白石が俺の隣で話しはじめたその時から決まっていたのかもしれなかった。

俺が放課後の練習に参加する旨を伝えると白石は俺の手をがっしりつかんで千切れんばかりに振った。
白石の真っ直ぐな背骨に俺のあるかないかもわからない背骨が合うなんて思ってはいないけれど、隣に並んで少し寄りかかるぐらいなら許してはもらえないだろうか。優しさにつけこむだけなのはもういやだから、いつかすっきり真っ直ぐしたそれが折れそうな時に曲がりなりにも支えてやれるような人間になれたら、そしていずれはもっと素直な自分になれたら、と思った。


20130123・修正


















お互いを君付けで呼んでるのはこれが5月のはじめ頃でして、千歳が転校してきたばっかでまだあんまり仲良くないみたいなそんな感じだったらいいな…とか思ったんです…が…
ちとくらと見せかけて実はちとたち前提という罠…







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