仁王はいつも通り昼過ぎに起きてきて、つまらないテレビを見ながらぬるくなったコーヒーを少しずつ飲んで携帯をいじっている。テレビでは春のトレンドの話がとめどなく流れているし、テーブルの上には使いかけの砂糖が放っておかれている。いつも通りじゃないのは、俺だけ。

「仁王さ、昨日どこ行ってた」
「バイトじゃけど」
「…そうだよな」

仁王が嘘をついているのは知っていた。どんな嘘なのかもだいたい知っていた。俺にないのはもっとつっこむ勇気だ。昨日浮気してただろ、なんて、言えない。それを否定されるのも怖いし肯定されるのも怖いから。結局のところ仁王にどんな態度をとられるのも怖いのは、俺が仁王を信じていないからだ。信じているなら今だってこんなに悩んだりしないはずで、不安にもならないはずで、なのに俺は仁王にこれ以上嘘をつかれるのが怖いし、もっと怖いのは嘘を認めた仁王に別れを言われることだった。俺たちの生活がなくなって俺だけの生活になってしまう、そんなこと考えられない、と、仁王も思ってくれているだろうか。俺と一緒にいたいと思ってくれているだろうか。だから嘘をついているのか、そもそも俺の思い違いなのか、分からない。決定的な証拠をまざまざと見せつけられても、思い違いであってほしいと俺はまだ頑なに願っている。

「夕飯、なんか食いたいものある?」

コーヒーをテーブルに置いた格好で止まった仁王が目だけを泳がせたまま返事をしない。

「仁王?」
「ブンちゃん、」
「なに」
「ごめん」
「…え、」

見たことのない表情で、聞いたことのない台詞を言う仁王が滲んでぼやけて見えなくなった時、これで終わりだと気づきたくなかった俺は返事なんかできなかった。





***





気づかないふりが下手くそな丸井を見ているのがたまらなく辛くて、何の脈絡もなく謝ったら泣かせてしまった。
俺は丸井のことが嫌いになった訳じゃない。そりゃあもちろん、もう何年も一緒にいるからむかつくことだってたくさんあったけれど、そんな細かいことじゃなくてもっと全体的に丸井のことが好きだ。好きになれない部分があることだって好きだ。でも、ふがいない俺のせいで丸井は時々寂しそうな顔をした。その顔を見る度に俺はごめん、ごめんと心の中で繰り返して、でもどこか安心してしまっていた。こんなことになったのも丸井にもっと俺を見てほしかったからで、我ながら幼稚だと痛いほど思うが今はもうどうにもならない。いつも俺と一緒にいてくれた丸井の気持ちを踏みにじるなんて一番やってはいけないことなのに、俺は丸井を泣かせてしまった。

「…ブンちゃん、ごめん」

立ちつくして泣いている丸井の前に立つと、泣き顔を隠しもせずに俺の顔を見た丸井は「俺のこともう好きじゃないんだろ」と言った。我慢できなくなった俺は膝をついて座りこんで、違うと言いたいのに声も出せないし顔もあげられなかった。





曲がってしまった僕らの背骨


title by 彗星

20120507・修正
20120620・誤字訂正・ちょっと修正


















この後別れるけど二人ともお互いのことが忘れられなくて何年かしたあと運命の再会を果たして再婚するみたいな続きをどうか誰か…







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