@幸村A真田B柳C仁王D柳生の順番で視点が変わります
















ふらふらする感覚がこう三日も続くとなんだか慣れてしまって、優れない体調を周りに気づかれたつもりはなかった。言われるにしても顔色が悪いとか寝不足じゃないかとか、その程度だった。最近は帰れば倒れこむように眠るのが癖になってしまっていて、断じて寝不足ではないはずなのにいつも重い体をひきずるように学校に来ている。授業も部活もさぼってはいられないから、学校に行って帰ること自体が重労働だった。でも俺がそんなじゃ示しがつかないからと思うと、どうにも気を張って余計に疲れ果ててしまう。

「幸村、今日は早く休め」

本当に顔色が悪い、と真田が言う声だけをどこか他人事のように聞きながら上着を着て、頷いた。



***



幸村は俺の隣から音もなく姿を消した。初めは何かの拍子に立ち止まったのだろうと思った。本当にそうであったならどれだけよかったことだろうか。振り返るとそこには目を閉じた幸村が倒れていて、俺達は一瞬声もなく立ち尽くした。俺は目の前が真っ暗になってしまったような錯覚を覚えながら幸村の体を起こして名前を呼んだ。蝋のように白い顔をした幸村の閉じられた瞼は一向に開かず、俺は気が遠くなって力が抜けた。そして沸き上がる恐ろしい想像をことごとく打ち消すことにばかり気を取られて、呆然と幸村の白い顔を見つめ続けていた。時間は今まで生きてきた中で一番ゆっくりと進んでいた。



***



病院の薄暗い待合室で、俺には皆に精市の病状を説明する義務があった。だができるならそんなこと全て放り出して自分の部屋にでも閉じこもって、誰にも邪魔されず泣きたかった。俺が今感じる苦しみの何倍も辛い精市に代われれば、と何度思ったか知れない。だが今、俺の周りには何も知らずただ不安だけを抱えて神経をすり減らしている部員達がいるのだ。

「精市は入院することになった、」

絞りだす声に呼吸すら止めて聞き入る皆の重苦しい沈黙が俺を圧迫する。声を震わせないようにと意識しながらかすれた声で、医師に聞いたことを繰り返した。

「…なんで部長なんすか」

話し終えると赤也が袖で涙をぬぐいながら呟いて、俺は安っぽいベンチに力なく座りこんだ。押し殺した泣き声は、待合室の中でただひたすらに飽和して感情の昂ぶりに拍車をかけた。



***



幸村のいないコートで引き締まらない練習を終えて誰よりも早く部室に戻った時、テニスなんかもうやめてやろうと思った。もともと俺は自分に厳しい方じゃないし、むしろどうして今まで部活なんて大変なことを続けていられたのかが分からないぐらいだ。部員には悪いと思うが、どうせ俺がいなくたってなんとかなる。幸村が抜けた穴と俺が抜けた穴、大きさの違いは火を見るより明らかだ。そうと決めたらいつやめようか。

カレンダーを見ると幸村の字で練習試合の日程にメモがしてあった。震える手で書いたとは思えないほどしっかりした字だ。ずきんと痛んだ心臓は、他にも部室に残された幸村の痕跡を見つけるたびに苦しく収縮した。一瞬でも部活を、テニスを、幸村をないがしろにした自分は途方もない阿呆だと思った。俺はたいして楽しみにしてもいない練習試合の日付を赤いペンでぐるぐると丸く囲った。

「柳生、もう一回ラリー付き合ってくれんかのう」



***



幸村君は心配する私たちをよそに小さくハミングしながら仁王君の用意した造花を眺めて「よく出来てる」と笑いました。仁王君は幸村君が倒れた時以来見せなかった笑顔をようやくうっすらと浮かべて「そうじゃろ」と一言だけ返事をしました。それきり病室には沈黙が漂って、設定温度がやたらと高い空調の音だけが耳鳴りのように意識の奥へ奥へと響いてきました。
意味もなく、ここへ来る途中に乗ったエレベーターの剥げた塗装や待合室に置いてあった古い雑誌のことをぐるぐると考えました。考えるというよりも、単に思い浮かべていただけと言った方がより正確でしょう。朦朧としてしまいそうなぬるい空気を振り払おうと、私は口を開きました。

「暑くないですか、幸村君」
「うん、俺は薄着だからね」
「俺たちは外と同じ格好しとるきに、温度差が辛いのう」
「じゃあ、帰ってもいいよ?」

そう言って意地悪く笑う幸村君を見ていると、そんな気分ではないにも関わらずこちらも気持ちが和らぐようで、いくらか救われた気がしました。本当に彼は病気にかかっているのか、もしかしたらこれは何かの間違いなのではないかとまた自問して、私は造花に目をやります。色や形はもちろん香りまでよく出来た、人工の花でした。







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