部屋に着いた時すでに謙也さんはしたたかに酔っていた。俺は買ってきた2リットルのミネラルウォーターをごとんと小さなテーブルの上に置いて、突っ伏す謙也さんのつむじを見ながら今夜俺がここに来た理由を考えた。

だいたい30分前、そろそろテレビでも観ようかと思ってヘッドホンを外した直後に鳴った携帯から聞こえたのはいい大人の男がぐずぐず泣く声で、何を言いたいのやらさっぱり分からなかったがとりあえずそっちに行くから待っとけ、と電話を切った俺はこの寒空の下にたいした防寒対策もせず飛び出した。焦っていた俺はとにかく急いでチャリを飛ばして、ペダルをこぐ足以外はチャリの上でいとも簡単に凍りついた。どうにも無視できない寒さに頭を冷やした俺は落ち着きを取り戻して、途中にあった閉店間際のスーパーに寄って温かいお茶を買った。謙也さんはどうせひどく酔っているだろうと思ってアルコールは買わないと決めたが、逆に何を買えばいいのか分からずに結局安売りしていた2リットルの水を買ったという訳だ。チャリをこぎだした瞬間に後悔した。やっぱり俺、全然落ち着けてへんなあと思った。こんなアホな買い物はない。

横に放られている腕時計を見ると時間はまだ11時だ。秒針が進むのがすごく遅い気がする。謙也さんは眠っているのだろうか。

「なあ、俺なあ、光、」

眠っていると思っていた人が突然しゃべりだしたので俺はぎくりと肩を動かした。謙也さんはいつもより低い声で赤くなった目をこすりながら体を起こした。

「…ホモやったんかも」
「は?」

それ、全然おもんないっスわと謙也さんに負けず劣らず擦れた声で俺が言うと「俺は真剣や」なんて充血した目でじっとにらんでくるから、笑うに笑えなかった。

聞くと、白石部長がそろそろ結婚を考えているらしい。ところがそれを謙也さんは知らなかった。それどころか、謙也さんは部長に彼女はいないものだと思っていた。「俺と白石、ずっと独り者のまま似た者同士やと思ってたんや」と切なく語る謙也さんは正直おもしろかったが哀れだった。他の知り合いに初めて部長の真実を知らされた謙也さんは自分でも驚くほどショックを受けたらしい。

「なんかこう、ズガーン!っちゅう感じやった」
「…で、部長に会ったんスか」

会った、といっそう低い声で謙也さんは答えた。その時のことはよく覚えていないらしいが、今日の夕方に会って、結婚うんぬんの話をしたそうだ。

「なんか俺、アホみたいに明るく…水くさいやないかー、照れてんのかー、言うて…」
「あーそれは想像できます」

申し訳なさそうに笑う部長を見ながら思ったらしい。俺は白石にいろいろ秘密にされてたことが寂しいんやなくて、単純に白石が俺の知らん女に奪われるのが悲しいんちゃうか、と。

「なるほど」
「…引くやろ」
「別に引かんけど」
「なんでや、引くやろ普通」

だって俺は謙也さんのことが好きだから、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで立ち上がる。流しに転がったコップを二つ適当にゆすいでさっきのミネラルウォーターを入れた。

「部長のこと、好きなんスか」
「かもな」
「かもて」
「まだ混乱してんねん…」
「じゃ今、部長のこと考えてみてください」
「………あかん、好きや」

酔っているとはいえたいした発言だ。謙也さんの口から部長が好きだなんて聞いたのは今が初めてだが、そんなの謙也さんよりも先に知っていた。それでも俺は謙也さんを目で追い続けた。もしかしたら一生このままなんじゃないかと思って、むなしく息苦しく、それでも謙也さんの側にずっといた。

「光、ごめんな、こんな時間にこんなこと話せんのお前しか…」

言いながらまた謙也さんは突っ伏して寝息をたてはじめた。酔うと自分がホモだと気づくだけじゃ飽き足らずカミングアウトまでできるらしい。おまけに俺をひどく期待させるような言動まで飛びだすときた。あんたは部長が好きなんやろ、とつむじに話しかけても謙也さんの規則正しい寝息は途切れず続いた。





馬鹿げた執着の矛先について


title by Apoc.



20120126・修正
20120525・また修正







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