※死ネタ
























わかりました。お通夜には残念ながら行けそうにありませんが、告別式になら、或いは。

柳生の声はひどく落ち着いていた。事務的な連絡以外に何一つかける言葉の見つからなかった俺は、そのまま簡単な挨拶をして電話を切った。最後に「ではまた」と言った柳生の声はほんの少しだけ震えた気がしたが、俺自身まだ不安定なままでいるし、聞き間違いかもしれない。

「蓮二、大丈夫か」
「…さすがにきついな」
「無理はするな」
「ああ」
「…柳生は」
「彼らしい。静かなものだ…だが、明日は来られないらしい」
「…そうか」

仁王雅治が死んだ。とてもあっけなく、逝ってしまった。昔のテニス部員に一人ずつ電話をかけていった俺は、それぞれに繰り返しそう伝えた。その間、弦一郎は俺の隣で腕組みをしたままじっと黙っていた。
柳生への連絡は無意識に一番最後にまわしてしまった。そして俺は冒頭の、感情の失われた悲しい受け答えを電話越しに聞いた。衝撃も悲しみも伝えようとしないその声や言葉が、誰のそれよりも悲しかった。










***


私は昔から仁王君の家の扉を叩くのが好きでした。家と言っても今は狭いアパートの薄暗い一階で、どうしてこんな部屋を選んだのかと問えば仁王君は、階段を上るのが面倒だからと答えるのです。
そんな家でもそこには仁王君がいて、私にはそれで十分でした。おそらく仁王君が引っ越してくる前から壊れていた呼び鈴の代わりに、私は小さな期待を込めてよくノックをしました。勝手に入ってきていいと何度も言われましたし、合鍵もありましたからその気になればそうすることもできました。しかし、私はノックの後に聞こえてくる足音や、ドアノブに手をかけて回す音、扉を開いて私を迎え入れてくれる仁王君の気だるげな表情が好きでした。あくまで私は扉を叩きたがったのです。

今日も私は仁王君の家に行きました。昨日干した洗濯物はきっと今日もそのままになっているはずですから、気がかりだったのです。私は柳君からの電話を切ってすぐ着替え、歩いて十五分ほどの小さなアパートへ向かいました。
とんとん、無機質な音が扉越しに薄暗い部屋へ響きます。私は仁王君が出てくる心地良い瞬間を待ちました。しかしいつまで経っても仁王君は出てきません。二度寝でもしているのだろうと思い、もう一度強めに扉を叩きました。返事はありません。熟睡中かもしれないと思い、また少し力を入れて叩きました。そんな風にして、気付けば私は拳を握りしめどんどんと扉を叩いていたのです。何故か涙がこぼれました。

「わかったわかった、」

ふいに仁王君の声が聞こえました。顔を上げると、困った表情の仁王君が扉を開けてくれています。私は大きく息をついて、子供のように涙に顔を歪めて仁王君の首にかじりつきました。私は、彼がどんなに悲しげな顔をしていても、私の手を握りかえす手がどんなに冷たくても、気になりませんでした。彼がいる、それだけで私には十分だったのです。仁王君は何も言わずに私の肩を二、三度叩いた後、私を中へ促しました。
部屋は私が思っていたよりもすっきりと片付いていて、洗濯物もきちんと畳んでありました。そして仁王君は、普段私に任せきっている紅茶まで淹れてくれたのです。とても嬉しい半面、私は胸が圧迫されるような不安感を覚えました。

「おまんがあんまりうるさく叩くもんじゃから、ゆっくり寝とられんかったぜよ」
「…すみません」
「まあ怒らんけど」
「仁王君、今日はどこかへ出掛けませんか」
「…柳生?」

私は話しながらまた涙をこぼしていました。そのくせ、どうして泣いているのかが分からないのです。私は震える両手に顔を埋めました。

「柳生、俺は」
「仁王君」
「聞け、柳生」
「待ってください、私は、いえ、君はまだ、」
「なあほんとは、分かっとるんじゃろ」

私は一瞬声が出せませんでした。そして仁王君が次の言葉を発するのを何より怖れました。仁王君が話し終えてしまうことを、怖れました。

「…君は、幸せでしたか」
「そりゃあもう、おかげさんで」
「………それはよかった」

それから、と渇ききった口を開く私を遮って仁王君がうつむきました。

「柳生…もう行かんと」
「どこへ」
「…」
「まだ言いたいことがたくさんあるんです」
「また今度、聞く」
「今度っていつですか」

仁王君の手を強く掴んで食い下がる私の手にそっと触れながら、彼は「いつか必ず」と言いました。ようやく一筋の涙を流して、仁王君は私に笑いかけたのです。





わたしの知らない別れのうた


title by 告別







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