今年の夏は夏らしいことを何もしなかった、と幸村は言った。きっと秋も秋らしいことなんか何もしないままどんどん寒くなって、気がついたら十二月とかなんだろうなあ。つまらないなあ。と幸村は続けた。

「じゃあお前は何がしたいんだ」
「別に今さら海だの山だのに行こうとも思わないけど」

柳の問いかけに、手に持ったペンケースを弄びながら幸村はつまらなそうに答えた。真田はふと、夏休み前に買ったまま結局やらなかった花火の存在を思い出した。花火なら、幸村はやりたいと言うだろうか。

「今年使わなかった花火が家にあるのだが」
「花火」

柳と幸村は真田をじっと見てから二人で顔を見合わせた。やがて柳が幸村に聞く。

「やりたいか」
「蓮二は?」
「俺は構わない」

じゃあ蓮二もこう言ってることだし、真田がそこまで言うならやってもいいよ。幸村が言うと真田は「なにも強制するつもりはない」と不本意そうに反論した。幸村はあははと楽しそうに笑って冗談に決まってるだろ、と言った。

「真田がそんなに俺のこと考えてくれるなら、って言った方がよかった?」
「……いや」

柳はくすりと笑って口を開いた。

「では部員に連絡しておこう」
「いや、いいよ。今回はさ、久しぶりに俺達だけにしないか」
「俺達だけ?」

ほら、昔三人で花火やったことあるだろ。幸村が記憶を辿っている様子につられ、柳も真田も昔を思いだした。まだそこまで昔の話でもないはずなのに、それはとても遠くにいってしまった記憶のような気がしていた。真田は、その時幸村が着ていたシャツの薄い青色ばかりが何故か鮮明に思い出されて戸惑った。柳は、その時間違えて庭の石を少し焦がしてしまったことを思い出してなんとも言えない気分になっていた。

「じゃあ今夜真田の家に行くよ」
「ああ、そうしてくれ」







夜はすぐにやってきた。夏に比べれば日はすでに大分短かった。まだたいして遅い時間でもなかったが、すっかり暗くなった道を柳と幸村は慎重に歩いた。二人とも長袖を着ていた。それでも、少し寒かった。
真田は家で花火の準備をしながら二人を待っていた。家族には何を今さら、と呆れられたが気にしなかった。季節外れだというのはもとより承知していたし、何より言い出したのは自分なのだ。真田は、自分の言ったことには責任があると思っている。間もなく柳と幸村がやってきた。

「思っていたより多いな」

柳が少し困ったように笑う。幸村は来る途中で衝動買いした肉まんを頬張りながら「一度に二、三本まとめて火をつければいい」と言った。

「それは安全性に欠ける」
「死にはしないよ」

幸村が肉まんを食べ終えると三人は庭へ移動していよいよ花火に火をつけた。秋の虫は唐突に鳴くのをやめて逃げ出した。幸村は早速三本同時の点火を試している。危ないからやめろ、と真田が声をかける間もなく幸村の持った花火の先から幾筋もカラフルな火花が飛び散った。





やはり最後に残ったのは線香花火だった。三人は輪になって屈み、無言で各々の小さな火の玉を見つめている。

昔はこれをいかに守るかで必死だったな、と柳は思った。幼いとは言ってもその頃からそれなりに良く出来ていた彼の頭で、風向きや手の震えまで計算しながら如何に自分の線香花火を長持ちさせるか、そればかり考えて肝心の真田と幸村の様子にはこれっぽっちも注意していなかった。どれだけ自分の線香花火の命が長引こうと、真田と幸村のそれがどの程度だったのかが分からないのだから優越感にも浸れない。そんなことにも気づかないまま小さな火花一つに一喜一憂していたのかと思うと、昔の自分はどうにもひどく幼い。今、頭を空っぽにして花火を楽しむ方がかえって大人びているのではないかと考えていること自体、さして昔と変われてはいないのかもしれないのだが。

真田は珍しく感傷的な気分になって線香花火を見つめていた。俺達はいつまでこうしていられるのだろうか、と柄にもなく思いを巡らせている。しかし矛盾もそこに生じていた。いくら未来について考えてみても、それを現実的に受け止めることができないのだ。ここに自分たちが三人でいることは本当に単純な必然で、この穏やかな時間はいつまでも続くものだと当然のように思っている自分がいる。いつまでもこうしていたいと、彼らしくない思いが花火と同じにパチパチとはじけていた。しかしやがて秋が終わり、冬が来て、春が来れば、彼らはもう中学三年生ではなくなる。同じ日は二度と来ない。

幸村はただじっと目先の線香花火に集中していた。落ちるなよ、と知らず知らずのうちにつぶやいていた。その言葉に反して小さな火の玉はあまりたくさんの火花を散らす間もなくぽとりと落ちて、手の中には細いこよりだけが残った。あーあ、とため息をつくと真田が新しい線香花火を差しだした。ありがとう、と受け取って火をつけた幸村はもう一度線香花火の始まりに気持ちを向けた。動かさないようぐっと集中して見つめ続ける。少しずつ火花は勢いを増して綺麗にパチパチと音をたてた。柳と真田もその大きさに見入った。三人は同じ火花を見つめて息を殺していた。
しかし突然拍子抜けしたように秋風が吹き、火の玉はあっけなく落ちた。同時に三人も我にかえって互いに顔を見合わせた。

「残念だな、今のはとても良かったのに」
「一番きれいだったね」

そう言って寂しそうに笑った幸村は昔と似た薄青のシャツを着ている、と真田は心のどこかで思った。



悲しくはない痛くはない辛くはない(嘘ではない)


title by 彗星







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