※白石が一人暮らししてます









今俺が死んだら。作りすぎた上になんとなくぼやけた味になってしまったチーズリゾットをちまちまと口に運びながら唐突に思った。今この狭いアパートの一室で、突然心臓が麻痺するとか風呂場で頭を打った拍子に窒息するとか、そんなあっけない理由で俺が死んでしまったらどうなる?
たぶんすぐには発見されないだろう。2、3日して、電話にも来客にも応じなくなった俺を心配してくれた誰かが大家さんに会いに来たり警察を呼んだりして、変わり果てた俺と無言の再会を果たす、そこまで考えるとなんだか妙にリアルで笑えるような笑えないような変な気分になった。葬式に来てくれる人だってまあ人並み程度にいるだろう。泣いてくれる人も。泣いている家族や友達を想像すると今俺がこんなことを考えているのがなんだかとても後ろめたくなってくる。特に友香里は放っておけないと思った。やっぱり俺はまだまだ死ねない。
その後はこの部屋を親が解約して荷物を引き払って、また俺と同じような新しい住人がやってくるんだろう。もしかしたら「住人が死んだ部屋」として評判が落ちるかもしれない。それは大家さんにすごく申し訳ない。俺も男や、化けて出たりせんとすっぱり未練断ち切って成仏せなあかんなあとしみじみ思った。

薄味のチーズリゾットにとうとう塩を足さないまま食べ終わって数分、全身にどっと倦怠感が広がった。もう何年も感じていなかった頭痛まで始まった気がする。まさかな、とつぶやいて念のため体温を測ると完全に平熱を越えていた。そういえば昨日ユウジが嫌な咳をしていたのを思い出す。はちみつレモンのど飴を恵んでやった昨日の自分が恨めしい。
熱による不快感や頭痛とはまた別に、今まで自分が健康のためにやってきたことが風邪菌ごときに打ち砕かれたことでテンションが下がりまくってぐったりした。今財前から電話がきて俺の風邪に気づかれたら「健康オタクのくせに」とボロクソ言われるのは目に見えているので、携帯を切って机の上に置いた。
寝ている他に何もやることが思い付かないしやる気力も失せたので、ベッドに転がってだらだらと外を眺めたり天井を眺めたりしていた。たまに起き上がって水を飲む以外何もせず寝ていると、また〈俺が死んだら〉を掘り下げるくらいしかやることがなかった。今死んだら、もちろんこれからやりたいことはたくさんあるし死ねない理由もたくさんあるけれど、それでも今死んでしまったら。またふりだしに戻って一から考える。
家族や友達が泣いてくれる、たまにでいいから俺のことを思い出す、なんだかそれで十分な気がした。他に何を望めばいいのだろう。普段自分が思っている以上に自分はどうやら幸せらしい。それに気づけただけでも今日一日分の収穫があったと言える。
軽く襲ってきた眠気に素直に身を任せながらふと謙也のことを思いだした。あ、やばい俺、死ぬ前にちょっとでええから謙也の顔がみたい。最期に謙也と会えんかったら後々化けて出るかもしれん。なんや俺、弱気にも程があるわ。
それ以上は思考が続かなかった。

俺を起こしたのは部屋の安っぽい呼び鈴の音だった。朦朧としながら寝起きの喉をできるだけ開いて「どちらさんですか」と大声を出すと「俺や」と聞き慣れた声が聞こえて、俺はまだ覚醒しきっていない意識の中で「ああオレオレ詐欺か、じゃあシカトでええわ」と早合点してまた目を閉じかけた。すると「白石?」と俺を呼ぶ声がするのでやっと俺は謙也が来たことを理解し、ふらふらと玄関へ向かった。

「おっそいで、俺、ドアの前で待たされんのむっちゃ嫌いやねん」
「…ごめんな」
「…あー、すまん…風邪ひいたん?」
「よう分かったな」
「当たり前や!ちゅーかすまん!」

謙也は急いで靴を脱いで上がり込むと俺をベッドへ押し戻した。俺がもそもそと布団を被るのを見届けると、コンビニで買ってきたらしいペットボトルのお茶を枕元に置いてから洗面所で念入りに手洗いうがいをしていた。

「自分メールも返さんし電話も繋がらんから待ちきれんで来てもうて、でも結果的に来てよかったわ」
「謙也にうつったらどないしよう」
「今は自分の心配せえや」
「財前には言わんといて」
「健康オタクも形無しやな」
「うっさいわ…」

死ぬ前に謙也に会いたいと考えたのが遠い昔に思えた。今目の前には謙也がいて、俺と話したりくしゃみをしたり笑ったりしている。そのいつも通りの姿を見ているとさっきまでの悶々とした時間が全部バカバカしく思えて、熱が下がったら遺言書でも書いておこうと思っていた気持ちもすっかり冷めてしまった。謙也に俺が死んだらどうするか聞くと、一瞬で笑い飛ばされた。

「ただの風邪で死ぬわけないやろ、自分どんだけ弱気やねん」





20120809・タイトル変更







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