柳と幸村

校庭を見下ろすと熱心な運動部の生徒達がこぞって練習をしている。テニス部の面々もちらほらと見える。赤也の姿が見えた。…サッカーをしている。まあ、本人が楽しいならそれで構わないのだが。
少し視線を上に向けると日はほぼ真上にあって、入道雲が大きく広がり嫌というほど夏の夏らしさを強調している。こんな晴れた日は海に行きたくなる、と誰かが言った。海か。別段行きたいとも思わないが誘われれば行かないこともない。一日中直射日光に晒され海水と人混みと砂とにまみれて熱中症になり、くらげに刺され手足をミミズ腫れにしたり子供はどこかで迷子になったりと、海水浴にいまいち良い点が見つからないのだが、まあそれは置いておくとして海自体は嫌いではない。波が寄せて返す、潮が引いて満ちる、それだけの現象は昔から好きだった。

「蓮二、今度みんなで海行くから」
「…海に?」

振り返ると精市がにやにやして立っていた。どうだ、と言わんばかりの表情だ。

「誰の提案だ」
「俺だけど」

どうにも返す言葉が見つからず黙っていると精市は「意外だった?」と笑った。

「いや、データになかった訳ではないが」
「へぇ、そんなデータまであるんだ」
「念のためだ」

校庭で赤也がシュートをきめた。歓声が聞こえてきそうだ。それに精市も気づいたようだ。

「あ、赤也サッカーしてる」
「赤也も海に?」
「もちろんだよ、かわいい後輩だからね」
「はしゃぎすぎて何かやらかさなければいいのだが」
「そのために蓮二も連れてくんだろ」
「俺はそのためだけに呼ばれるのか?」

冗談だよ、と言って精市は声をあげて笑った。あまりに楽しそうに笑うから、俺もつられて笑ってしまった。「待ち遠しい」と、校庭を眺め続ける精市が呟いた。





仁王と柳

来た時からそのパラソルは砂浜にささりっぱなしだった。近くの海の家のものかと思ったが違うらしい。でも助かった。これがなかったら無理やり海に連れてこられたあげく無理やり水着を着せられ無理やりしょっぱい水と厳しすぎる紫外線の中に放り込まれることは避けられなかっただろう。だからこの持ち主不明のパラソルは今俺にとって非常に偉大な存在なのである。
長袖のパーカーは正直言ってクソ暑い。でも脱ぐのは嫌だ。というかめんどくさい。サングラスをかけようと思って持ってきたら丸井に取られてあっという間におもちゃにされた。グラサンのジャッカルはだいぶ怖いということが分かった。

「仁王、泳がないのか」
「泳ぐ?冗談じゃろ」

柳が隣に座って額の汗を拭っていた。水着を着てはいるもののさっきからやっていることは俺と変わらない。

「参謀は泳がんの」
「…気が向いたらな」

真田が顔を真っ赤にして何か言っているが聞こえない。暑苦しい。夏の海に真田、笑えるくらい暑苦しい。かと言って笑う気力もない。暑さに片っ端から体力を持って行かれている感じがする。

「仁王、お前がこのまま不健康な食生活を続けていると65%の確率で夏バテする」
「…何食うかなんて俺の勝手じゃろ」
「体調の自己管理を怠るのも弦一郎の制裁の対象だぞ」

黙っていると柳生がラムネを買って戻ってきた。俺達に二本ずつ渡すと、あと四本持ち切れなかったから今から取りに行くと言って引き返した。俺は持たされたラムネを参謀の横にほっぽらかして柳生の後をゆっくり追いかけた。





丸井

「…これすっげー砂だらけ」
「文句なら仁王に言え」

俺に砂だらけのラムネを渡した柳が指さした方を見ると、仁王と柳生が2本ずつラムネを持ってこっちに歩いてくる。そのラムネに砂はついてない。俺は今持っている方をジャッカルに渡してそっちに行った。仁王から一本取り上げてさっきの文句を言うと「おまんも充分砂だらけじゃろ」と言われた。なんとなくムカついた。

死ぬほど喉がカラカラだったから俺のラムネはすぐ空になった。…いや、中にはまだビー玉が残ってる。こいつがいつも取れなくて悔しい。とりあえず振ってみる。取れない。もっと振る。全然取れない。赤也は指を突っ込んでたけど、それで取れたことなんか一度もない。ボトルは所詮プラスチックなんだからどうとでもできるだろ、みたいなことを仁王が言った。いや、それは違う。これ昔は瓶だったんだぞ?今の素材がプラスチックだろうとなんだろうと、破壊するのなんてルール違反じゃねーか。そんな気がする。でもそろそろイライラが溜まってきた。

「これ破壊しないと無理っぽくないスか…」
「だめだ赤也!俺達は最後までルールを守って戦うって決めただろぃ」

ここまで取り出せないと俺達はいい加減キレてボトルをぶっ壊したくなる。ラムネはそれを待っているんだ。ルールを守らなかった俺達の手に落ちるビー玉はたいして輝かしくない、ということまで俺はよく知っている。

「くそ…どうすれば…」
「先輩…俺もう我慢の限界っスよ…」

赤也の髪が白くなってきた。こんなことでそこまで熱くなるなよ。まあ俺だって結構きてるんだけどさ。俺達が赤也を宥めにかかったら、隣でずっとビー玉と戦ってた幸村君が唐突に言った。

「もういいや。ビー玉とかいらない」

真田に押し付けられた幸村君のボトルの中のビー玉が、カランと音をたてた。




幸村

砂だらけのラムネを丸井に押し付けられたジャッカルはため息をついてからそれに口をつけた。手には結露と汗とで砂がまとわりついている。

「本当にジャッカルはお人好しだよね」

それ、最後まで一言も文句言わないで飲むんだろ?と尋ねると

「まあ、しょうがねーよ」

中身には関係ないし、と苦笑した。なんて奴だ。俺にはちょっと理解できないくらい男前だ。なんて奴だ。
さて、仁王が何も考えず砂浜にほっぽりだして行ったラムネのうち一本はジャッカルの手に渡ったわけだが、もう一本の砂だらけラムネは未だにほっぽらかされたままだ。これは誰が飲む?俺は絶対嫌だけど。 とりあえず柳生から綺麗なラムネを一本受け取っておいた。誰かに交換しろと要求されないようすぐに口をつける。隣で同じようにラムネを飲んだ赤也はビー玉がひっかかったらしく顔をしかめて口を離した。赤也は蓮二からちゃっかり綺麗なラムネを受け取っていた。丸井は仁王から、俺は柳生から、ジャッカルは砂。なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱり二本目の砂だらけラムネは真田用になった。
どんな顔して文句を言うのか少し気になって真田を観察していたら奴は少し遅れて俺達のところにやってきて、砂の上に転がっているラムネを手に取り何も言わずに一口ごくりと飲んだ。近くで早くも一本飲み干した丸井は真田にほとんど注意も向けず中のビー玉を取ろうと悪戦苦闘している。真田はそれを見ながらもう一口ラムネを飲んだ。その手はジャッカルと同じくらい砂だらけだ。

「炭酸はどうも好かんな」
「真田、手、砂だらけだよ」
「む…ああ、まあ…そうだな」

え、どういうこと。さっきの男前のデジャブが頭をよぎった。でもこれは真田だ。真田が男前?でも、今真田は仕方ないと言ってジャッカルみたいに笑っていた。ラムネを飲んでいる俺達をのほほんと眺めながら。それは悔しいけど砂が手に付くくらいで騒ぐ俺達より男前だった。なんて奴だ。真田のくせに。

「…真田、それ、俺のと交換しよう」
「む、しかし砂が」
「だから砂がついてるから換えてやるって言ってるんだよ」
「…そうか?では…」

そして俺は半分くらい飲み干したラムネとまだ二口しか飲まれていないラムネを交換して少しだけ得をした。







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