9


――――――――――――――





『今から時間あるか。あるなら、今すぐ会いたい』

恋人にそう言われて浮き足だったことは言うまでもない。
しかしそれを悟られるのも癪であるから、銀時は急な誘いをさも煩わしいかのような態度をとった。
自分にも男のプライドというものがある。
犬のようにそう尻尾を振って簡単には首を縦に降るわけにはいかない
しかし始めは渋ってみせたが言われた瞬間に答えなどは決まっていた。
情けないがこれが惚れた弱みというやつなのだろうか。
それの証拠に電話を受けてから一時間もしないうち、銀時は屯所の副長室に座っていた。

「…つーかさ、その事なら散々奉行所の連中に聞かれたんだけど」

「悪い。管轄がこっちにまわってきてな。もう一度聞かせてくれねぇか」

だから着いた早々に甘い雰囲気も無しに事情聴取を執り行われては、機嫌が一気に斜めへ下がっていっても仕方のないことだろう。
しかも今は絶賛浮気疑惑浮上中だ。
もちろん土方がそんな器用な真似できるとは思っているわけではないし、性格的に無理だということも知っている。
信頼もしているが、それでも胸に漂う淀みは消えない。
だから余計にこの誘いは嬉しかった。嬉しかっただけに、その落差は激しい。

(……んだよ、せっかくの二人の時間だと思ったのによ)

銀時の心情など梅雨ほども知らない土方は、テーブルを挟んだ正面には紙とペンを持って難しい顔してドカリと座っている。

(いやいやいや俺だっておかしいとは思ってたけどさ!いきなり会いたいとか屯所に呼ばれるとかその上副長室に通されて二人っきりとかおかしいなとは思ってたけどさあぁぁぁぁ!)

寝食を過ごす屯所は実質土方の実家と言っていい。
これが初めてのお宅訪問であるといいのにあんまりだと、銀時は恋仲である土方を恨みがましい目付きで睨み付ける。

「どうした?」

「べーつにー。いやいいんだよ愛しのハニーの力になれんならなんでも話そうじゃねぇか」

「おいその言い方やめろ。ここをどこだと思ってやがる」

「彼女んち」

「たたっ斬るぞてめぇ」

苛立ちをを露にしながらも、土方にしてはアクションが少ない。
心底呆れ返るように深いため息をついただけで、いつもなら抜刀していて当たり前なのに刀に手をかけることもしない。
その事に銀時はひっかかりを覚える。
疲れがたまっているのだろうか。
そう思えば確かにその顔は白く色が悪い。

「いきなり呼びつけたのは悪いと思ってる。だがてめぇの口から聞きてぇんだ」

「俺が知ってることはそこに全部書いてあるぜ」

銀時が顎で示したのは奉行所からまわってきた調書のまとめである。
土方はそれを一瞥し、手に取ると視界の入らないテーブルの端へとそれを寄せた。

「お前から直接聞きてぇ」

「何にご執心かは知らねぇが、んな聞きてぇことがあるならなんでも答えてやるよ」

土方の目は鋭く、銀時の知らない副長の顔をしている。
相手の言動、挙動から一語一句見逃すまいという気迫が伝わってきた。
しかしこの迫力だ。自分だからいいものの、一般の人物であれば萎縮して何も話せなくなってしまうのではないだろうか。
根は優しい奴なのに、これだから町の人間にはチンピラと言われ恐怖感を与えてしまっている。
もったいないとは思うが顔がいい土方なだけに甘い顔して通りを歩けば女が寄ってくるのは目に見えている。
逆ナンが日常と化したのだから、こよびの江戸の女も随分積極的になったものだ。
大和撫子など最早都市伝説みたいな存在である(しかし土方は女は皆大和撫子だと思っている節があるようだ)。
銀時にとってはまだチンピラオーラを振り撒いて畏怖されていた方が好都合であるため、わざわざ教える義理もないし直すとも思えないので本人に目付きの悪さについては伝えずにいる。
その土方は新しい煙草に火を灯し、肺まで紫煙で満たすと、単刀直入に本題を切り出した。

「この容疑者だが、金髪の少年というのは本当か」

けして重要ではないと相手に印象づけるぞんざいな物言い。
銀時も特に気にかけたりはしなかったが、これこそが土方にとって何よりも聞きたかった内容だ。
――――金髪の少年。
その一文を見た瞬間に嫌な予感がよぎった。

「ああ」

「事件発生時は明け方4時。まだ暗い時刻だがそれでも見えたのか。確証はあるか」

「その日は月明かりも強かったしな。俺夜に目ぇきくんだわ。間違いねぇ」

間違いない。
その言葉が土方に重くのし掛かる。
いや、今時髪を金色に染めた少年などいないわけではない。
いないわけではない…が、その数は少ない。
ならばもう数人の容疑者が候補にあがっていてもいいはずである。
なぜ、3日もたってその情報が1つもないのだ。
殺された男たちの身元を割り出した奉行所が手を抜いているとは思えない。

「そうか……」

言葉を濁した土方は暑さのせいか、おもむろに首にまかれるスカーフに手をかけた。
自然、銀時の視線はそこへ向けられた。

「ここに書いてある体を貫かれたのに」

「ああ、平然としてた」

土方の喉元が、緩んだスカーフの隙間から覗く。
日焼けのない白い首筋。

「間違いなくそいつは地球人じゃねぇ」

「…………」

銀時は手を伸ばして緩んだ白い布を掴んだ。
その掴んだ手をゆるゆると手前へ引く。
土方の首からハラリと落ちる布の先。
露になる白い首筋。
そこには、

「……天人だ」

以前見たあの時よりも、色濃くなった赤い痕が2つ。
銀時の目は逃すことなくそれを捉える。
胸の淀みが、波紋を、広げた。

「碧眼の、天人」






――――『おにいさん』






土方の目にははっきりと、あの金髪の少年が浮かんでいる。


- 33 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -