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「来週の火曜日?」
「うん、そう。こっちの都合で平日の夜になっちゃうんだけど空いてる?」
「それ、本当に土方も来るんだろうな」
「来る来る」
「間違いないな?」
「間違いないよ。緊急事態さえおきなければ」
「よし」
銀時は受話器を持つ手を握り締める。
久しぶりに鳴った万事屋の黒電話。
仕事の依頼かと思ったその相手は近藤だった。
いつでも喉から手が出るほど欲しい仕事だけれど、予想外な相手に落胆するどころか期待が上がった。
同時に、不安も過った。
昨日の今日で電話とは、もしかしたら良くないことを言われるかと思ったからだ。
昨晩の近藤は誰がどう見ても完全に酔っ払っていた。
記憶が残っていないのだとしたら、それはそれでいい。
受け入れることができる。
しかし、酒が抜けた今、否定的な考えになってしまっていたら。
だからといってこちらの気持ちに影響するわけではないが、土方に近づくのはさらに難しくなってしまうだろう。
ただでさえ、ハッキリと嫌われていると言われているのに。
もちろん絶対にどうこうなりたいわけではない。
最終的に報われればそれにこしたことはないけれど、今よりもいい関係になれれば上出来だ。気兼ねなく飲みに行けるようになれれば。
しがな1日そんなことを考えていた。
やはり話したことは失敗だったのではのか、近藤がちゃんと覚えているか確認するべきではないか、心変わりはしていないか。
その夜にきた電話である。
多少の動揺は仕方がない。
「思ったよりやることが早いじゃねぇか、ゴリラのくせに」
「素直に礼が言えないのかおまえは」
だが動揺もよそに、内容は想像以上のものだった。
近藤込みの三人での飲みだけれど、文句はない。上出来だ。
「わかった、あけとく」
「おう。ところでよ」
「あ?」
「おまえ、本当に好きなの?」
「何度も言わせるなよ」
「あーうん、そうだよな。悪い悪い」
歯切れの悪い近藤に銀時は眉をひそめる。
耳をすますと風呂場からは湯の音が聞こえるあたり、神楽はもうしばらく出てはこないだろう。
もう少し話していても平気そうだ。
「俺がからかってるとでも思ってんのか」
「そういうわけじゃないけどよ」
「じゃあなんだよ」
「なにってわけじゃないんだけど、おまえ酒飲んでだし」
「酔った勢いだけであんなこと言えるかボケ」
「うー…うん、つまりさ、やっぱりさ、トシとそういうことも想像すんのか」
「随分下世話なこと聞いてきやがるな」
「ごめん」
一体どういうつもりなのか。
そんなことを聞いても近藤に得はない気がするが、ただの興味本意なのだろうか。
考えてわかることでもなく、銀時は素直に答えることにした。
もとより下ネタに抵抗を覚える性格などではないのだ。
「してるけど」
受話器の向こうで近藤が息を飲む気配がする。
いよいよどういうつもりなのか疑いが強まる。
「それってさ、その、トシがおとこや……お、おん、な役、え、どっち?」
「俺が突っ込む方。てめぇまさか想像して興奮してんじゃねぇだろうな」
「んなわけねぇだろ!俺はあいつと長い付き合いなんだぞ」
「……ふぅん」
長いから、なんだというのだろう。
なにかが面白くない。
しかし今へたに噛みついてもプラスになることはないだろう。
疑問はそのまま胸の中にしまいこんだ。
「じゃあとりあえず火曜日だから。この前の店にトシも連れてくから」
「わかった」
「またな」
「応援の一言もねぇの?」
「健闘を祈る」
「ゴリラのくせに堅い野郎だな」
「俺はゴリラじゃないってば」
「頼むよ、おまえだけが頼りなんだからよ」
「……わかってる」
任せろと一言おいて、回線が切れた。
大きく息をついて銀時も受話器を置く。
腑に落ちない近藤の態度。
嫌悪感を抱いただろうか。
「まぁしょうがねぇけど」
人からは理解できない感情だとはわかっている。
他人事とはいえ聞かされる人間も気持ちのいい話ではないだろう。
近い人間ならなおさら。
銀時自身、男に心を寄せられたら鳥肌ものだ。
全力でお断りしたい。
正直な話、そういう目で見られるなら近寄ってほしくはないし、逃げ回ることは目に見えている。
しかしそんな感情を自分が持ってしまった。
気付いたら、まともな回路を狂わされていた。
一人の男の存在によって。
近藤は寛大な男だ。
そっち方面にも人より許容があるだろうと踏んでいる。
土方よりも。
「………」
土方は、どう贔屓目に見ても許容があるようには見えない。
男同士どころか男女の関係でさえ一線を置いているような男だ。
「まったく、嫌な野郎だよ」
脳裏に浮かぶ涼しげな目元。
短く清潔な黒髪。
銀時はキュッと痛む胸を、もういい加減捨ててしまいたかった。
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