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 それはいつから自覚したのかわからない。物心ついた時にはもうすでに落ちていたのかもしれない。



 中学二年の今は十二月。巷はクリスマスだ、恋人の季節だとイベントを盛り上げるキャッチコピーに溢れている。名前もイベントに乗っかり毎年今年こそは一緒にイルミネーションに意中の彼を誘おうと試みるが、あと一歩の勇気が出ないでいた。
 クラスでも毎日のようにあの子があの人に告白したんだって、なんて噂が飛び交い、そして自分の想い人ではない事を知り胸を撫で下ろす。
 そんな日々を過ごしていたある日――。

「はい、名前がゴミ捨て決定ー!」
「あぁ、また負けたー!」
「ちょっとあんた、ほんとに弱いよね」
「苗字、いつも悪いな!」

 ジャンケンの弱さに定評のある名前は、いつも通り勝負に敗れ、掃除当番のみんなに見送られながら両手に大きめのゴミ袋を携えて、校舎裏の焼却炉へゴミ捨てに向かっていた。校舎を出て、この角を曲がればもう直ぐというところで漫画でよく見るセリフが聞こえ、軽快に進んでいた足を咄嗟に止めた。

「――先輩、好きです。付き合ってください!」

 なんて間が悪いんだ、私のバカ!

 自分の運の無さに心の中で悪態をつく。出歯亀の趣味はないが、名前が目的地に到達するにはこの道を進むしかなく、引き返すのも面倒だ。
それにこう言う類は大抵すぐに終わるだろうと考え、持っていたゴミ袋を地面に置いて制服を汚さぬようお尻を浮かしその場に座り待つことにした。

「ごめん。好きな子がいるんだ――」

 どこかで聞いたことのある声がする。いや、気のせいか。覗きは良くないが、告白されている男子は誰なのか気にはなるものだ。
 見たい、でもダメだ、なんて頭の中で葛藤しながらも欲望には勝てず、体を捩らせ見つからぬようにそろりと顔を出したと同時に頭上から声が降ってきた。

「……そこで何してんの?」
「っひゃあっ!」

 驚きでそのまま尻餅をつく。いつの間にか事が終わっていたようで、相手の女子も姿が見えなくなっていた。

「覗きなんて、いい趣味してんね」
「こ、これは偶々……、ゴミ捨てしようと通りかかっただけだよ!」
「ふーん、そっか」と特に興味もない様子で彼はそっぽを向いた。

 やはり思った通り、告白を受けていたのは名前が想いを寄せる彼。『成宮鳴』だ。
 彼は背丈こそ高くはないが、その態度は王様そのもので、いつも我が儘で振り回されている名前だけれど、何故か憎めない鳴にいつの間にか心まで奪われてしまったのだ。
 名前は尻餅で汚れたスカートの埃を払いながら立ち上がる。

「鳴ちゃん。好きな子、いるんだね」
「――偶々とか言ってしっかり聞いてんじゃん!」
「ごめん! 聞くつもりは無かったんだけど、聞こえちゃったんだもん」

 ぶーぶー文句を垂れる彼に両手を顔前で合わせ謝罪する。

「そんなに謝るなら許してやってもいいけど、その代わり一個だけ言うこと聞いてもらうよ」
「うん、わかった」

 いつものように特に大した事は言われないだろうと高を括り返事をする。

「じゃあ、俺と付き合って」
「はいはい、いいよ――」

 咄嗟に出た了承の返事を言ってからはた、と気付く。そして耳を疑った。それは何年も前から名前が願っていたことが鳴の口から発せられたからだ。

「い、今、付き合ってって聞こえたんだけど」
「うん。だってそう言ったからね」

 首に手を当て、恥ずかしそうに横を向く彼に再度の確認をする。

 聞き間違いじゃない! う、嬉しい!

 頭の中で叫びながら感涙にむせび俯向く名前に慌てたのは彼で

「そんなに嫌なの?」

 眉を顰め悲しげに顔を歪ませ名前を覗き込む。

「嫌なわけない! ……私もずっと好きだったんだから。これは嬉し泣き!」
「……なーんだ、そっかぁーー」

 はぁー、と息を吐きつつ、うな垂れ座り込む彼に名前はかける言葉が見付からず、近づき膝を折って隣に座る。涙を流したその目は少し赤い。
 よく、初恋は実らないと言うけれど、それは迷信だと証明できた瞬間だ。現に今名前の初恋が叶ったのだから。

「ありがとう、鳴ちゃん。――大好きだよ」

 彼の耳に口を寄せ囁けば、みるみる彼の頬は紅潮していく。十数年分の想いを込めたちょっとした悪戯だ。

「名前のくせに生意気!」

 頬を赤らめながら眉間に皺を寄せ言う彼はいつもと同じ、王様に戻っていた。ふふ、と笑う彼女の名前を呼び顔を上げた瞬間に触れるだけのキス。

「仕返しだよ!」

 べぇっと舌を出し意地悪な笑顔で言う鳴の不意打ちのキスに固まり、みるみる赤くなる彼女の顔はまるで真っ赤に熟れたリンゴのようだ。

 やっぱり王様には敵わない……。

 そんな彼と綴る名前のはつこいストーリー。