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今日は記念日だ。何回目?数えすぎて回数は暗算しないとわからなくなってしまったけれど、やっぱり嬉しいものには変わりない。
ほぼ定時に上がれたし、一也も帰ってくるだろうし。少し手の込んだ夕飯にでもしようかと帰り道にあるスーパーに向かった。
そういえばお米がそろそろなくなるな、とか、今日は白菜も安いな、だとか。レジに表示された額に比例して袋は3つになってしまった。
荷物を持つ前に「今買い物終わって帰るとこだけど、一也は何時に帰宅予定?」スタンプも一緒に送信しておく。白熊のスタンプは降谷くんに少し似ていて気に入っている。それを一也に言えばきっと拗ねてしまうだろうから、口には出さない。

2人で同棲しているマンションへはここから5分弱だけど、仕事の書類が入ったバッグも合わさって腕が悲鳴をあげている。そんな中、シャッフル再生をしている音楽プレイヤーが次に選んでくれたのは、高校生の片思いをしていた時期によく聞いていた曲。あの時は自分が一也と同棲することになるなんて思いもしなかったなあ。
高校生の一也はかわいかったけれど、今だって負けてない。早く一也に会いたいな、なんて若かりし頃のような気分で、ぽつぽつと道沿いの家の明りが灯る道を歩いていく。



「名前!」

イヤホンから流れる音よりも大きく名前を呼ぶ声が聞こえたと同時に、腕を掴まれた。ここで、きゃあ、とか可愛らしい声が出てくれればいいんだけど、驚きすぎて声が出ない。無言のまま、荷物の重たさにどんどんと下がっていた視線をあげれば、会いたいと思っていた相手がいた。

「…なにしてんの?」

「こっちの台詞だけど。イヤホンの音でけーから呼んでるの聞こえねーんだろ」

危ねえからやめろ。これは確かに自分が悪いから素直にごめんなさいと謝る。そうすれば、左手に持っていた2つのビニール袋を奪われて、一也は眉を下げて少し笑った。一也のこういうさり気ない優しさが好き。

「あ、」

「なに」

「名前さ、今、俺のこと好きだなーとか思っただろ」

高校時代から変わらない少し得意気な顔で、よくそんな恥ずかしいことをぬけぬけと言えるなあと感心した。図星だったのが何だか癪で、止まっていた足をまた進めていく。そうすればにやにやとした一也がわたしの空いた左手と自分の手を絡めた。ここからマンションまでは2分程しかないけれど、手を繋いで帰るなんていつぶりだろうか。

「…仕事は?」

「今日はやく帰ってこれたから、実は俺もスーパーで買い物してきたんだよな」

「うそ、なんで言ってくれないの」

「夕飯作っといてびっくりさせようと思ってたからな、とりあえず重いだろうと思って迎えに来た」

「もしかしてお米とか野菜とかお肉とか」

「ご名答〜」

一也は持ってくれている袋を覗いて、ネギとかひき肉とか被ってんなーと他人事のように言うから、少し爪を立ててみる。そういえばこの手は商売道具なんだっけ。

ちょうどマンションの入り口が見えてきたところで手を離す。バッグの中にあるキーケースを探そうとすれば、一也がポケットから色違いのそれを出してオートロックを開けた。普段はブランドものにあまり興味のない一也だけど、長く使えると思って、と二年前に同棲を始めたときプレゼントしてくれた。こう見えてお揃いだとか色違いだとかが好きならしい。


「メインは和風ハンバーグでーす」

「わ、嬉しい」

「でも名前が買ってきた分の食材余っちまうな」

「じゃあ週末にゾノあたり呼んで鍋でもしようかな」

「浮気か」

「めんどくさい男は嫌われるんだよ」

「せっかく遠征帰りに名前ちゃんの好きな店でケーキ買ってきたのに。そういうこと言うんだーふーん」

「うそうそだいすきだよ一也くん」

やってきたエレベーターに乗り込んで、ボタンを押した。一緒にいるのが当たり前すぎて、好きだなんて久々に言った気がする。冗談半分に言ったけど、残り半分の本気もちゃんと伝わってるらしく、一也の耳元がちょっとだけ赤い。それを指摘すれば一也のその整った顔が近付いてきて、唇に触れる。監視カメラあるのに馬鹿じゃないのと呟けば「名前の顔も赤いじゃん」と笑った。