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6つ上の姉に、世話を焼かずにはいられない。

「伸ちゃん、ちょっと」
「またかよ」

二段ベッドの上段から見える姉貴の指が指す先にあったのは、部屋の隅に起きっぱなしのティッシュの箱。まだフタは開けていないが買った当初から置いてあるため軽く埃をかぶってしまっている。ベッドにあるティッシュを使いきったらしく空箱が落ちてきた。潰していないところを見ると俺にやれということだろう。まったく、手を焼く姉である。

「ほらよ」

投げたティッシュ箱は宙を滑り二段ベッドに着地した。いてっという姉貴の声が聞こえたのにはちょっと気分がよかったが。
再びテーブルに座り、野球部に出された課題をこなす。正月があけたらまた練習が始まるので、それまでにはある程度片付けなければならない。が、そこをいちいち姉貴に邪魔されるのである。

「・・・んんー、伸ちゃぁん」
「んだよこっちは勉強してんだから自分でどうにかしろよ!」
「あっ入らなかった」

ゴミ箱の方を見れば、それよりだいぶ離れた場所に、丸められらたティッシュが落ちている。姉貴が使ったものだろう。捨てるならちゃんと捨ててくれ。
俺は捨てねぇぞ、と毎度言ってはおくが結局姉貴が捨てたことなど一度もないので、また俺が入れるはめになるのだろう。

「まいっかぁ」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・伸ちゃぁん」
「・・・・・・」
「・・・・・・お願い伸ちゃん」
「・・・・・・」
「・・・・・・ねぇ伸ちゃんってば」

握っていたシャープペンをノートの上に転がした。あぁもう、どうして姉貴はこうも俺の機嫌を損ねるようなことばかりするのだろうか。
異常と言えるほどのめんどくさがり。そのくせして頭だけはいいからタチが悪い。顔はまぁ、別嬪とは言えないが人並みだとは思う。体型はどちらかというとやせ形。その頭脳と容姿のせいか数回告白されたことがあり、四人ぐらいと付き合ったのではないだろうか。
だがこの姉貴の性格である。面倒事は相手に押し付け、俺のような扱いを彼氏にもする。召し使いのごとく扱われていい気になるやつなんかいない。たとえそれが彼女だったとしても。

「姉貴のせいでやる気失せた」
「私のせいにするの?」
「姉貴が黙ってれば今頃3ページは進んでるだろうけどな」

その場に仰向けで寝転び目を閉じる。昨夜は少し夜更かしをしたから眠たい。このまま寝ていこうと決めた矢先、顔に柔らかいものが当たった。顔の横に転がったのは丸められたティッシュ。目を開けた先にはこちらを見下ろす姉貴の顔。

「・・・何だよ」
「誰かいい子いたら紹介してね」
「それ去年も聞いた」
「あれ?そうだっけ?」

寝転んだままティッシュを投げたら上手い具合に姉貴のベッドに乗った。
昨年の正月休みに帰ってきた時も、丸々同じ台詞を姉貴に言われた覚えがある。めんどくさがりの性格が災いして、今まで付き合ってきた男とは短い期間で別れてしまっている。自分の周りの人間でそんなんだからと今度は弟の周りの人間に手を出そうと考えているようである。結局同じだということを何故姉貴は気づかないのか。誰を選ぶのが一番メリットがあるのか、とっくに分かっているはずだというのに。

「・・・姉貴のその性格を受け入れられる奴なんか、俺ぐらいしかいねぇんだよ」
「何言ってるの。伸ちゃんは弟じゃん」

見せられた現実。それぐらい分かってるっつの。バレないように息を吐いて起き上がる。どこ行くの。下、コーヒーでも取りに行ってくる。私のもよろしくー。自分で行け!
バタン。音を立てて扉を閉める。この後結局姉貴の分も持ってきてしまうのは分かりきったことだった。つくづく姉貴に甘い自分だ。
姉と弟。変えられない血縁関係。結ばれることのないこの想いを、一体いつから抱き始めたのだろうか。
俺しかいねぇよ。小さい頃から散々振り回されてきた俺しか、姉貴と対等にいられる奴はいねぇんだ。さっさと気づけ。

「・・・ほんっと、世話の焼ける」

真正面から真顔で言ってやらないと姉貴には伝わらないだろう。言わねぇけど。
ため息にも似た息を吐いて、俺は階段を駆け下りた。