main | ナノ



幼い頃から仲の良い異性などおらず男兄弟もいないものですからどうにも優しくされると少なからず興味があるのかと誤解してしまうわけでして。ですから真田俊平とかいう同じ教室で同じ空気を吸っている見た目爽やかで優男な彼を気にしてしまうというのも通じない話ではないわけでして。

「何一人で百面相してんの」
「!」

こんな私にも真田くんは爽やかな笑顔を浮かべて話しかけてくれる。頭の中で細々と考えていたことをきれいさっぱり忘れさせてしまう真田くんの一言は最早魔法に近いんじゃないだろうか。というか彼の存在自体、魔法なんじゃないだろうか。なんてったって落ち度が無さすぎる。爽やかだし、イケメンだし、男女関係なく友人がいて、優しく人当たりも良い。勉強もそこそこできるらしいし、野球部では1番を背負っているみたい。神様これでは彼が恵まれすぎているんじゃないでしょうか。どうして彼の長所のひとつでも私に分けてくださらなかったのですか。あぁそれは神様に罪をなすり付けるという屁理屈でしょうか。
だんまりとする私に対し真田くんは笑って私の前の席に腰を下ろした。私より頭一個分ぐらい背の高い真田くんは椅子に座っても私を見下ろす形になる。あぁとても優しい顔だ。穏やかな眼差しを向けられるとそれだけで顔が熱くなる気さえする。異性とこうやって向かい合うことに慣れていないせいだ。どうして周りの女の子たちは真田くんと面と向かい合って話せて、真田くんとゲラゲラ笑い合うことができるんだろう。不思議だ。

「別に、なんでもないよ」
「なんでもないのに百面相してたのかよ」

変なヤツ、と真田くんに笑われるのはもう何度目だってぐらいで、進級して初めて彼に話しかけられた時にも言われた。たしかあれは私が座る席を間違えていて、その席に座るはずの真田くんに笑われたんだっけ。人間誰しも間違えることはあるんですって言ったら変なヤツってまた笑われた。私は妥当なことを言ったはずなのにどうして笑われなければならなかったのでしょうか。理不尽ではありませんか。当時は言えなかったけれど。もちろん今もそんなこと言えないけれど。

「へ、変なヤツって言わないで」
「理由もねぇのに百面相してたらそりゃ変なヤツだろ?」
「うっ」

言われてみればたしかにそうだ。私でさえ、理由もなしに一人で色んな表情をしている人を見たら変な人だと思ってしまう。真田くんが言っていることも理に適ってはいるのか。じゃあ理由があれば、私は真田くんが言う"変なヤツ"ではなくなるんだよね。その答えが見つかったところで、私はその肝心な理由を真田くんに言えるわけがない。何せその理由には彼自身が大きく関与しているのだ。当人に向かって、『真田くんのことを考えていて百面相してました』なんて天と地がひっくり返っても言えない。少なくとも今の状況では。
二人の間の沈黙を破ったのは真田くんだった。

「・・・変なヤツ」
「っ、また」
「そういうとこ可愛い」

そう言って真田くんが笑ったところでST開始のチャイムが鳴る。慌てて席へ戻る真田くんは、私の真っ赤な顔なんて絶対に知らないんだろう。
可愛い。異性に可愛いなんて生まれて初めて言われたと思う。左胸から皮膚を突き破って出てきそうなぐらい心臓が動いていて、私はその鼓動から逃れられなくなる。真田くんだけを想って活発に動く生命の中心が、私の心底から沸き上がる恋慕という感情を脳の奥深くへ烙印のごとく焼き付けて・・・・・。

あぁ、これは、取り返しのつかないことになってしまったなぁ。