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マネージャーの仕事も終わり、時計を見るともう完全下校の時間、8時の10分前。ブルペンを覗いても御幸先輩はやっぱりいない。キャプテンに任命された先輩は最近すごく忙しくて、二人っきりの時間がなかなか取れていなかった。せめて一言話でもできればと思ったけど、やっぱりだめかぁ…と背中を丸めながらトボトボと部室を後にしようとした、その時。

「名前」
「あれっ、御幸先輩?もう寮に帰っちゃったのかと…わぁっ!」

いきなり腕を捕まれたと思ったらそのまま部室裏に連れ込まれた。

何が何だか分からないうちに、気が付けば後ろは壁で、すぐ目の前には先輩。

「御幸先輩…?あのー…一体どうしました…?」
「いや、別に何もねえんだけどさ。名前見かけたからね、ついね」
「はあ…」

いや、何もないならこの状況は一体…とは思ったけど、さすがに聞けない。

それに何だか先輩の私を見る目がいつもよりも据わっていて、やけにぎらぎらしているような…?

そう、例えるなら、これは獲物を見つけて舌なめずりする獣の顔…!!(失礼)

身の危険を感じた私は、「そろそろ校門閉まっちゃうんで…ははは」と笑顔を引きつらせて横へじりじりと移動しながら逃走を試みた…が。

「はっはっはっ!名前がオレから逃げようなんざ1億と2千年はえーぞ(笑)」
「う…!」

逃げようとしていた方を再び腕で塞がれたせいで、完全に私は先輩の腕の中の籠の鳥。
あたふたする私を見下ろして、先輩はにやっと笑った。
その笑みが妙に色気の含んだ、男を感じさせる笑みだったから思わず見惚れてしまう。

「なになに?久しぶりにオレの顔間近で見て、見惚れちゃった?」
「なっ…!ち、違います!!てか急に何なんですか!?あと10分で校門閉まっちゃうんですよ!」

ごまかす様に顔を背ける。
付き合って半年も経つし、すでにキスも何回かしたけど、先輩の整った顔を前にするのは慣れなくて顔が赤くなるのが自分でもはっきり分かった。

「こっち向いてよ。ちゅーできないじゃん」
「む、むりです…!」

キス…する気だったのか…!!
確かにご無沙汰ではあるけど…なんでだろう。一回背けちゃったらなかなか顔を上げれない。

それに私、ぜったい顔真っ赤だし…恥ずかしいし…!!

呆れたのか、頭上から先輩のため息が聞こえてきた。
どうしよう、怒らせたかな…
でも顔を上げようにも、怒ってる先輩と目を合わせるのはまた別の勇気が必要で、更に顔を上げにくくなってしまった。

「名前、あのな?」
「は、はい…?」

恐る恐る、視線だけ上にあげる。

「男ってな、激しい運動後は男性ホルモンが活性化してテストステロン値が高くなるらしーんだわ」

いきなり始まった先輩の謎の話。
ポカンとした私を無視して、先輩はそのまま話続ける。

「そのせいでオレいまものすごくキツくて、治すの名前に手伝ってほしーなと思ってさ」
「き、きつい…!?」

いつも人をバカにしかしてないあの御幸先輩が弱ってる…!!彼女をパシリのようにこき使うあの御幸先輩が私を頼ってる…!!

がばっと勢いよく顔を上げて目に映ったのは、眉を八の字にしてしょぼんとする子犬のような先輩の顔。

ほんとにきついんだ…と心底不安になった私は、頼られて良い気分になったせいで、さらに顔を近づけて言った。

「大丈夫ですか!?そんなことなら早く言って下さいよ!何でもしますから!!」

その瞬間。御幸先輩は待ってましたとでも言うように、にやりと笑って言った。

「何でもするって、お前が言ったんだからな」

しまった、と思ったけどもう遅い。

「え、…んっ」

目を閉じる暇もなく、一気に深く口付けられた。
とろけるようにな甘いキス。
舌を絡めとられ、次第に体から力が抜けてくるのが分かる。

私の思考は追いつかないまま、気が付けば先輩に支えられ腕の中にいた。

我に返って抵抗しようと肩に置いた両手も、いとも簡単に片手で壁に縫い付けられる。

「手伝うって…」
「こーゆーこと。ちなみに、テストステロン値が高いってことは、

…性欲が強いってことね」
「ええっ?!」

先輩はにやっと笑うと、再び深く口付けてきた。こうなったら、このワガママな先輩はもう止まらない。時計の針が8時の5分前を指しているのが見えたけど、私は諦めて目を閉じた。