傍らで泣き叫ぶうい様。熱されたコンクリートに叩きつけられた体は熱さや痛みを感じていなかった。周りは警察だ、救急車だと騒ぎ立てていたのを遠のく意識の中聞いていたのを覚えている。

「はい、検査終了です。特に何事も無かったけど、また来年ちゃんと来てください」
「はい」

検査室を出て、駐車場へ。車に乗り込み屋敷へと帰る道すがら数年前のあの日の事をまた思い出していた。その日は近場でのお出かけで、うい様にたまには歩いて行きたいと言われ、俺と散歩がてら外に出た日だ。信号を無視してきた車がこちら目掛けて一直線。うい様を守る為に条件反射で動いた体は次の瞬間には、何も感じない体になっていた。一時の全身麻痺状態に陥ったものの、生還。けれど、左目は視力を失ってしまった。

うい様はこの事をかなり気にしている。いつも通り車で行けばよかったと。歩いて行きたいなんて我儘を言わなければ晋助の左目は見えたままだったのにと。俺は俺でうい様を守るという仕事をしたまでの事でさほど気にしていないのに。確かに失明した事にショックは隠しきれなかったが、人間慣れればすぐに対応出来るもので。日常生活を送る上で不便は何も無い。

年に一度の検査の日はあの日と変わらない暑さなのに、玄関先で俺の帰りを待っているのだ。今年も例に漏れず、うい様は屋敷に入ってきた俺の車を見ると階段から立ち上がった。少し離れた車庫に駐車をして、車を降りると向こうから水色のワンピースが駆けてくる。

「晋助」

不安そうに見上げてくる瞳に「今年も異常無しでしたよ」と告げるとホッと胸をなで下ろす。「家に戻りましょう」と優しく手をとると強く握りしめられる手。朝から外で待っていたとわかる汗ばんだ肌。安心はしているのだろうけどどこか気まずそうに彷徨う視線。

「目、見えなくなったのまだ気にしているのですね」
「…………当たり前じゃない」
「私はうい様を守れた事を誇りに思っているのですけどね。そんな悲しそうな顔しないでください。それにこの時期外で待っていると熱中症が気になるのでそちらのが心配です」

それでも視線が下がったままなものだからほとほと困ったもの。先に自室へ戻るように促して、俺は厨房へ。冷たい飲み物を準備してうい様の部屋へと入った。ソファに座っているうい様の前によく冷えたグラスを差し出す。

「アイスティーで良かったか?」
「……ありがとう。大丈夫」
「うい」
「ん?」

グラスに伸ばしかけていた手を引いて、強引に振り向かせる。抵抗する暇は与えない。その驚いている口元に自分の唇を寄せた。柔らかい唇に触れただけで、満足で。すぐに手を離した。

「いきなり何!?」
「いつまでもしょげた面してるから少し驚かせようかと」
「驚くも何も……」

何かを思いついたのかいきなりソファの上で立膝をしたうい。今度は俺が腕を引っ張られる。そして、左瞼に柔らかい感触。ういはすぐに体勢を直して、ストローに口をつけている。その後ろから見える小さな耳は真っ赤で。悪いとは思うが、笑いが漏れてしまう。

「今日だけ、特別だから」

あの日に見た泣き顔は左目に焼きついて離れなかったのだ。けれど、今のキスでようやく左目に住み着いていたういは笑顔へに変わってくれて。自分の中でも何かが軽くなった気がした。

「ありがとうございます。うい様」
「いきなり敬語はズルい」

もう、泣き顔のういは見たくはない。また、何事も無かったように日常に戻るのだ。



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