*紫呉が狂気的

僕を頼ってくれ。ずっとそんな風に想っているのに。頼ってもらえないのは自分が撒いた種なのは、わかっている。けど、どこまでも子どもな僕は優しくする選択肢がない自分自身に苛立つ。そして、狡いのが僕だ。些細な事に僕が苛立ち始めたのが始まり。

「うい、珍しくお出かけかい?」

慊人さんの側近であるういは中々、外へと気軽に出してもらえないのだ。そんな中、普段は着ない洋服を身にまとい肩から下げられている白地に縁は金で装飾されたショルダーバッグ。僕の呼び掛けに気づいたういは嬉しそうに「うん。そうなの!」と久々のお出かけに心を弾ませているように見えた。

「どこへ行くんだい?」
「撥春くんとお買い物だよ。ちょっとは息抜きも必要じゃない? って言われて連れてってくれるんだって」

それは僕ではダメなのか。喉元にせり上がってきた言葉を飲み込みいつもの笑顔を貼り付けて、「それは良かったですね」と思ってもいない事を口にするのなんて、嫌気がさすのに。なぜか辞められない。

「あっ、撥春くん!」

僕とは違う本物の笑みを浮かべながら、ういを迎えに来たハルくんが向こうから見える。ういの隣に並んだハルくんは「ういが楽しみにしてくれてたみたいで嬉しい」と頭を撫でた。年下の男で僕とは根本的な部分が違うハルくんに対して腹の底で黒いものが渦を巻く。相変わらず偽物の笑顔を貼り付けた僕は「気をつけていってらっしゃい」とその場を離れた。

とある日には、紅野に何かを深妙な面持ちで会話をしているのを目撃してしまった。唐突にこの間のハルくんの事が過ぎる。その日の夜、ういが一人になる頃を狙って、ういの家を訪ねた。人の良いういは、何の警戒心もなく僕を家へと上げようとしたが玄関で構わないよと断る。そんな僕にういは首を傾げながら、「どうしたの?」と聞いてきた。

「昼間、紅野と何の話してたのかなって」
「え、あぁ。特に……」

内容を聞かせてもらえないのか、と。ういから何となしに視線を逸らしただけなのに、ういはどこか凍りついた表情になって少し早口で説明をし始めた。

「えっとね、ちょっと慊人さんのそばにいるのが辛くて。それに紅野くんが気づいてくれて話し聞いてくれたんだ」
「そうですか」
「その事を聞きにわざわざ家まで来たの?」
「ええ、ダメだったかな?」
「ダメじゃないけど、ただどうしてかなって」
「ほんとに気になっただけですよ。夜分に失礼しました」

自分のドロドロした気持ちを誤魔化すようにヒラヒラと手を振って、ういの家を出た。こんな自分の一方的なわかりずらい好意を理解してくれるのなんて不可能だと。やはり僕にはみんなが普通に持っている優しさというのが欠けているのだと笑うしか無かった。

そんな幼稚な僕に拍車を掛けてしまう事が起きてしまった。僕の自宅に本家へ来て欲しいと言うはとりからの電話。すぐに本家へと向かいはとりの家へと向かうとそこには、手足に包帯を巻かれはとりの腕の中で泣き崩れているういがそこにいた。瞬時に慊人さんに暴力を振るわれたとわかったが、そんな怪我よりはとりの腕の中にいるういが嫌でたまらないという感情だけが湧き上がってきてしまう。帰ってしまおうかとも思ったが、はとりの言葉がそれを許してくれなかった。

「うい、紫呉が来てくれたぞ」

涙で濡れた瞳で僕を見上げたういは僕に飛びついてきた。突然の事でびっくりしながらもういの背中に手を回して優しく抱きとめる。

「ういが落ち着いたら話しがある。隣の部屋で待ってる」

そう言ったはとりは静かに部屋から出て行った。部屋にはういのすすり泣く声が響いている。

「手とか足とかかなり痛むんですか?」

首を横に振ったあたり、それほど酷い打撲ではないようだ。

「そうですか。……はとりから話しがあるみたいなんで、離してもらってもいいですか?」

そう言うと力の入らないはずのういの腕が僕の背中を抱え直す仕草を見せ、「そばにいて欲しいの」とか細く怯えた声色で呟く。

「……ハルくんでも呼びましょうか? 紅野でもいいか」

どうしてそんな事言うの? 声に出さずとも顔に書いてあるういに思わず笑ってしまう。瞳に絶望を映したういの腕が離れていく。好きな人に冷たい事を言い放っているのに、何も感じない事に改めて自分の恐ろしさという物を自覚する。その場で固まってしまったういをそのままに僕は部屋を出た。はとりの話しを聞く気分でもないので、そのまま玄関口へと向かうと僕の行動はお見通しとでも言うように、はとりに呼び止められる。はとりの話しは聞きたくはないが、なぜはとりが僕に電話をかけてきたのかという疑問は聞いておこうと思い直し、引き戸に伸ばした手を止める。

「どうして僕を呼んだの?」
「ういが紫呉に会いたいと言ったからだ」

思ってもいなかった事実に思わず目を見開いてしまう。そして、何よりの情報に口元が緩む。

「特に口出しする気はないがこれだけは言っておく。あまり、ういを追い込むなよ」
「そんな事。僕の事を知っておいてよく言うよ。……ういに付いていてやって欲しい。これが僕の精一杯だよ」

はとりの方を振り返ることもせずに、家を出る。家の中からはとりの聞こえない溜息が聞こえてくるような気がした。

向けられた好意を素直に返せれたらなぁなんて他人の自分が言っている。僕は必ずういを手に入れたいのだ。そうするには、ういを追い込むだけ追い込む事しか思いつかない。そんな歪んだ僕が好きだなんてういもきっと歪んでいる、お似合いじゃないか、なんて勝手に暴走する僕の思考。誰か止めてくれ、とも思わないけれど。


たまたま本家に用事があった日。楝さんと慊人さんがまた揉めて慊人さんが塞ぎ込んでいる、ういはその揉め事に巻き込まれてずっと慊人さんに付きっきりだという話しが飛び込んでくるではないか。すぐに慊人さんの部屋へと訪れると慊人さんの怒りはういへと向けられていた。まだ、包帯が巻かれてる腕や足を庇いながら慊人さんの暴力を黙って受け続けているうい。さすがに状況が状況だ。慊人さんを落ち着かせなければと、慊人さんを後ろから羽交い締めにする。

「慊人さん、落ち着いて」
「こいつが! ういが余計な事ばっかり! 僕の言う事聞かないんだ!」
「わかりましたから。落ち着きましょう。うい、今のうちに」

ふらつく体を起こしたういは、部屋を出て行った。泣き叫ぶ慊人さんを落ち着かせ、話しを聞くとういは上手く楝さんとやっていこうと慊人さんを諭していたのだとわかる。慊人さんからするとなぜ僕の味方をしない、僕の言う通りに動かないのかという癇癪だった。

きっとういの事だ。このまま慊人さんの言われるがまま草摩の呪いに食い潰されていくのだろう。そして、寄り添うなら今だなと慊人さんを慰めながら冷静にそう考えてしまう頭に自分の事ながら背筋が震えてしまった。


その日の夜。ういの家を訪れるとういは泣き腫らした目で僕を迎え入れてくれた。

「紫呉、今日はありがとう。……私考え直したんだ。私は慊人さんの側近だし、慊人さんの性格もわかってる。だから、」
「だから慊人さんの言いなりに道を選ぶって?」

ういが考えそうな言葉を食い気味に声に出すと口を閉ざしたういは決意した様に首を縦に振ろうとしたから。

「紫呉?」

慊人さんに一生仕える決心をする所なんて見たくはないんだ。僕は本当に我儘で。ういを思い切り抱き寄せた。

「慊人さんに寄り添って傷つくういはもう見たくないんだ。好きだよ、うい」
「急に何言ってるの?」
「急ではないよ。ずっとういの事しか考えてなかった」
「そんな素振り一つも」
「気づいた方が凄いと思うけどね。僕はお子ちゃまなんで」

「それでも、嬉しい」と微笑んだういは僕を抱き締め返した。僕の底がもっと黒い事を何も知らないういを可哀想だとも思うけれど、この結果に満足しているのはお互い同じだからそれでいいじゃないか。僕なりのやり方でういを手に入れたのだから、これからも僕なりういを愛していくのだ。



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