タクシーをひろってお店に向かう途中、上杉から時間指定であの店に来てと連絡が来た。俺が店に着くくらいの時間なので丁度いい。

お店に着くとほぼ同時くらいにもう一台のタクシーが到着する。そこから降りてきたのは上杉で、この間出会った時と同じようなラフな格好で現れた。俺を視界に捉えると片手を上げながら、こちらへとやってくる。

「どうしたの? いきなり」
「突然すまない。すぐに会いたくて」

俺の言葉にクスリと笑った上杉は、「何それ? 口説き文句?」と演技がかった様にからかってきた。

「……そうじゃない」
「ごめん、ごめん。中、入ろっか」

片手を顔の前でごめんのポーズをしてから、店の扉を指さした。中に入って腰を落ち着ける。アルコールと簡単なつまみを注文して、俺は上杉と向き合う。

「それで、何の用?」
「そうだな、その、年末まで大変そうだなって」

突然の呼び出したにも関わらず、急用そうでも無いそんな事? といった顔をしている上杉。問題の本質にいきなり切りかかるのも違うかと思ったが、妙に遠回しな言い方になってしまった感も否めなくなってしまった。

「ええ、まぁ。これでも売れっ子ですし」

頼んでいた飲み物と簡単なつまみが運ばれてきて、一時中断された会話。店員がひいて、軽くお疲れ様と乾杯をする。上杉が深くて綺麗な青色をしたカクテルに口付ける。

「千秋も大変そうじゃない。色んな意味で」
「俺はまだまだ駆け出しだしな。仕事選んでる暇もねぇよ」
「お互い大変よねぇ」

そう言った上杉は、ナッツをつまんで口に放り込む。俺もつられて同じくナッツをつまむ。

「……来年からの仕事は決まってないのか?」

上杉が口に運ぼうとしていたグラスが一瞬止まったのを見逃さなかった。上杉はそれを悟られないように振る舞うが逆にそれが何かあると言うようにしか見えない素振りに胸騒ぎがする。

「たまには休憩が必要でしょ」
「……そうだな」
「…………ねぇ、千秋。回りくどいよ。何が聞きたいの?」

歯切れの悪い俺の会話に痺れを切らした上杉が頬杖をつきながら、俺の目を真っ直ぐと見てきた。その目にこのまま不毛な会話を続けても仕方がないと意を決する。

「今決まってる最後の仕事を最後にするつもりなのか」

軽く握った両手の拳からジトリと汗が滲む。上杉の視線は少し鋭くなって、「だったら、何?」と会話が投げやりな方向に向かう。

「一ファンとして辞めて欲しくない。友達としても。そう、俺の知り合いも上杉の公演見てすごい感動してたぞ。上杉は絶対辞めない方が」
「ごめん、千秋。聞きたくない」

言葉を遮られて、泣きそうな声が耳に届く。上杉の顔を真正面から視界にいれると何かを堪えている表情をしていた。

「最近知り合った千秋に言われたくない。……そっとしておいて欲しい。今、周りにもいろいろ言われてて私自身どうしていいかわからないの」
「……上杉」

伝票を持って立ち上がった上杉は、「ごめんなさい。気分じゃなくなったから帰るね」と一言残して店を出て行ってしまった。

話すタイミングが悪かった。それとも、もうこういう話しは上杉にはしない方がいいのか。けれども、上杉にはバレエを続けて欲しい。それがエゴなのはわかりきっている。

のだめを海外に連れて行きたかったあの時と同じ気持ちだ。なぜ、才能のあるものはこんなにも表舞台に立つのを嫌がるのか。それは、のだめにも上杉にもいろいろあるのはわかっている。ただ、音楽、芸術を楽しみたいがだけなのに、評価や世論がそれを邪魔する。俺は一方的にその邪魔を押し付けたに過ぎない。……良くはなかったな。

俺は手元のビールを一気して、勢いよく席を立ち上がる。今日は大人しく帰ろう。去っていってしまった上杉の後を追いかけるように俺も店を後にした。



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