楼の一室のだだっ広い広間の上座には松平のとっつぁんが遊女を侍らせている。真選組の大半が参加しているこの宴。とにかく絵に描いたようなどんちゃん騒ぎだ。

「あれぇ〜? 今日ういちゃんは?」
「ういは体調悪いとかで出てこれないんですよ」

いきなりとっつぁんが少し声を上げたと思ったら、お気に入りの人がいない様で。隣で鼻の下を伸ばしている近藤さんがそのういという人物に興味を持ったのかとっつぁんに話しをかけていた。というか、近藤さんお妙の事は今はいいのか?

「ういちゃん?」
「おう、近藤気になるか?」
「とっつぁんがわざわざ確認するくらいの子というのは興味がありますな」
「そうか〜。ういちゃんは太夫だよ〜。とーっても美人さんで気も効いていい子なんだよ〜」
「そうなんですね。それは会ってみたかった」

いつものキャバクラとは違って、この後もあるものだから野郎どもの鼻息は荒い。なぜか沖田もいるが、とっつぁんが連れてきてしまったのだから仕方ない。一時間半くらい宴は続いて、みんなお気入りの子とともに消えていく。とっつぁんは家庭があるからとそそくさと退散していた。しかし、これだけの人数に太夫も付けようとしていたのだから相当なお金が一晩で動いただろう。とっつぁんの懐を心配していても仕方がないのだが。

先程の喧騒が嘘のように静まり帰った宴会場。俺はと言えばとてもそういう気分にはなれずに、ここに居残っていた。特に用もないので、帰ろうと立ち上がると同時に襖が開く。片付けにでも人が来たのだろうか。向こう側から声が聞こえる。

「あれ? うい、体調悪かったんじゃ」
「いやいや、今日は裏方の気分だったからそれは嘘よ」
「相変わらず我儘聞いてもらえて羨ましいわ」
「ちゃんと上客の相手はしてるからいいの」
「相変わらず自由な太夫ね。そこの片付け手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。自分の仕事に戻りな」

一人分の足音が遠ざかって、そのういと呼ばれた人物が入ってきた。すぐに俺の存在に気づいた女は俺の方に寄ってくる。その合間、俺は「ういちゃんは太夫だよ〜」ととっつぁんの呂律の回っていない言葉を思い出す。

「もしかして、太夫のういか?」
「はい、そうですよーって。あれ? 真選組の副長さんじゃないですか? こんな所で何してるんですか?」
「ああ、もう帰ろうかと。っていうか太夫がこんな姿でいいのか?」

明らかに使用人の格好で甚平姿。これが太夫と言うには、にわかには信じがたい。

「私、着飾ってるの好きじゃないんですよねー。普段は裏方。ちゃんと太夫の仕事もこなしてるから、楼主に許してもらってるの」

少し遠い目をしながらそう言ったういは、俺の周りから片付けを始め出した。その目が何を見ていたのか気になったが、こんな所で働いていれば、何かあるのは必然だろうと深く考えるのをやめた。テキパキと手を動かしながら、皿をまとめてくういはそのまま喋りだす。

「それよりもう帰られるのですか? 気になる子いなかったです? みんな今日は真選組の副長さんが来る! お相手したい! って息巻いてたんですけどねぇ」
「だから、やたら俺のとこだけ人が代わる代わるだったのか」
「あんなに遊女がいて、誰にも靡かないんだからモテる男は違うわぁ」
「……そんなんじゃねぇよ」

「そうですか」と俺に対しての興味が薄れたのかういは片付けに集中し始めた。黙々と誰もいない部屋の片付けをする太夫に興味が無いと言えば嘘になる。もう少し飲んでもいいし、どうせ金はとっつぁんが払うだろう。そんな安易な考え。

「なぁ、まだ飲み足りねぇんだ。付き合ってもらえないか?」

俺の声に反応して、その忙しく動いている手を止めてこちらを見上げた。そして、綺麗に笑った顔にほかの遊女と違うものを感じる。ああ、本当にコイツは太夫だ。

「いいですよ。松平様持ちでしょうし、楼主に許可を頂いて来ます。部屋の案内は別の者を寄越しますので、こちらでお待ちください」

言葉を正しながら立ち上がったういからは、すでに使用人の面影が消えている。隠していた気品を内側から溢れさせながら、一礼をすると部屋を出て行った。しばらくすると、案内の人がやってきて奥の部屋へと通される。中に入ると、着飾るのが好きでは無いと言っていたういが至る所に装飾が施された煌びやかな部屋で、太夫に相応しい着物を着せられ、正座をしていた。少し気後れしそうになったが隣に座ると彼女は深々と頭を下げる。

「ういと申します。今夜はよろしくお願いします」

あまり畏まった雰囲気は好きではないのだ。「さっきの広間みたいなラフな感じはダメなのか」と伝えると、「土方様がよろしいのなら」と返ってきた。

「飲み足りないと言ってたので、宴会には出てなかったお酒を揃えましたけど、どれがよろしいですかね?」

すぐに口調を戻したところを見るとういも畏まったのは苦手なのだろう。それもそうか。裏方の仕事を好んで買って出るくらいなのだから。ラベルをこちらへ見せながら、目の前に酒瓶を並べられる。適当に気になる酒をお酌してもらい、ういも一緒に飲み始めた。

−−−−少しずつお酒も進めば、ここは遊郭。俺も何だかんだ男でこんないい女を目の前に、そういう気分にもなってくる訳で。やはりういもそこはプロで段々と身体に触られる回数も増えてくる。

どちらともなく唇が触れ合う。当たり前の様に敷かれている布団の上にういを組み敷いて、着物の帯を解いた。

「…………これは……」

ういの着物の下に隠れていた無数の傷や縄の痕。思わず、言葉を失ってしまう。耳に届いたのは、乾いた笑い。

「びっくりさせてすみません。そういうのが好きな上客を相手にするのが私の仕事なんです。これでも、まだ消せてる方なんですよ」

表情は笑顔だが、目の奥は笑っていない。俺は着物を直して、ういを起こして抱き寄せた。

「土方さん?」

声が戸惑っているのと同時に少し震えている。その声に応えるように、キツく抱き締めると恐る恐る俺の背中に手が回ってきた。

「そこそこ自由にさせてもらえないとやってられねぇよな。こんなん」

その言葉に堰を切ったように、静かにういは泣き出した。背中をあやす様に優しくさする。ういはゆっくりと小さく「すみません」と言った。

「何で謝る」
「お客様に気を使わせては太夫失格です……」
「失格なんかじゃねぇよ。気にするな」

服に涙が染みていくのを感じる。その冷たさを受けながら、俺はういが泣き止むまで、抱き締めてやる事しか出来なかった。



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