一人暮らしで何でも自由。だけど、週末は草摩に帰る約束があるから本当の自由ではない。高一の二学期の中盤辺りにはもう草摩に顔を出すのが億劫になっていた。

それは、草摩から出て実感してしまったからだ。普通の人達はこんなにも楽しく自由に人生を過ごしていたのだと。いつも何かに怯えてる人や遠い目をしている人、何かを諦めてる人が草摩の中の光景だ。確かに外でも一定数はいるけれども、大体の人は違っている様に見えた。それは、空気感が柔らかいとでも言うのか。あの三人と一緒にいる時の安心感を別でも得てしまっていた。なんなら、気持ちのどこかにこちらの空気のが心地好いと感じてしまうほどに。けれどその気持ちは、紫呉の"僕達といるのが嫌になった"という言葉を肯定してしまっているのと同じなのを認めたくはなかった。

そしてそのまま、二年半の月日が流れた。この頃になると、慊人さんの相手をしながら、余所事を考える事が多くなっていた。今週末はみんなで出かけるって言ってたなとか一丁前に好きな人は何してるかな? とか私もみんなと出かけたかったなとか。それをそのまま口に出したら、慊人さんは泣き叫びながら私に何をしてくるんだろう。いつもそこまで考えては、恐れをなす。絶対知られてはいけない想いを必死に隠しながら、慊人さんの相手を終える週末が続いていた。

とある日曜の夕方頃そろそろ帰ろうとしている
所を綾女に見つかってしまった。自分の気持ちに気づいてからそれとなく三人とは、勝手に気まずくなってしまいなるべく本家で会わないように避けていたのだ。そんな私の想いなど知らない綾女は「やあ、うい久しぶりだね、元気だったかい?」と近づいてきた。

「久しぶり、元気だったよ。綾女も元気そうだね。っていうか背伸びすぎ!」
「僕もぐれさんもとりさんもみんなニョキニョキと伸びてしまってね! 僕の魅力もますます磨きがかかっていると思わないかい?」

姿は少し変わってはいるが、中身が相変わらずだ。ナルシスト振りにも更に磨きかかっているような気もする。それでも、いつも通りよく知っている安心感がそこにあって、やっぱり私は三人が何よりも大切で好きだと思わせてくれた。今、慊人さんの相手をしていた時に考えていた事など気にしてなどいない自分がいるのに気づく。自然とこぼれた笑みに、今まで抱えていた三人への後ろめたさはなんだったのだろうとも思う。

「ますます素敵になってるよ」と返すと「そうだろう。そうだろう」と得意げに手に腰を当てる綾女を見ていたら、ふと思ってしまった。ずっと避け続けてしまった私を三人は何て思っているのだろうと。そこで強く頭に浮かんだのは、あの時、私に意見した紫呉の顔だった。完全に嫌われていると思われても仕方がない事だよな。急に考え込んでしまい、黙った私に心配そうに綾女が顔を覗き込んできた。

「うい?」
「…………、えっ? 何?」
「何か疲れていないかい?」
「大丈夫。最近ちょっと遅くまで勉強してて、寝不足気味なんだ」
「そうかい。あまり無理はしてはダメだよ。勉強でわからない事があればとりさんに聞くといいさ」
「そうだね、久しぶりに勉強教えてもらいたいなぁ。はとり、教えるの上手だし」
「そうともっ!」

自分の事でないのに、自分の事の様にはとりを自慢する綾女も変わっていなかった。その様子をみただけで、きっと三人はそれぞれ何かを思いながらも変わらずやっているのがわかった。この流れながら紫呉の事も聞けるかもとその名前を口にした時だ。

「そうだ、し、ぐれ……」
「ん? 何か言ったかい?」

紫呉はどうしてる? それだけの言葉が声に出来なかった。結果を聞きたくなくて、咄嗟に喉がキュッと閉まった感覚になってしまう。聞きたいけど、紫呉が私を嫌っていた場合、きっと綾女は優しいからそれとなく濁した答えを返してくるだろう。そんな気を使ってくれる綾女も見たくなかったし、何より自分が傷つくのが怖かった。私は誤魔化すように口を開く。

「ごめん、何でもない。じゃあ、私そろそろ帰るね」
「ああ」

綾女が少し真剣な顔付きになったのが気になってしまい、その場を濁したのは私の方だった。綾女の顔が見れなくなって、少し早足で草摩の門を逃げるように出る。その帰り道で思い浮かべてしまったのは、冷たい目でこちらを見てくる紫呉だった。



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