紅野のいざこざがあった日から、何ヶ月か経った。紅野のもいつ通り振舞っていたが、みんなの前に顔を出す事が少なくなったのは、紅野がみんなの目に触れられるのを嫌がった慊人さんがごねたからだ。

一度、慊人さんの目につかないタイミングを見計らって、紅野に会いに行った。紅野も私がここに来た意味をすぐに理解してくれて、何も言わずに家に通してくれた。

「慊人から聞いたんですよね?」
「うん、聞いた。その、良かったねって言ったら皮肉……だよね」
「それは違うな。僕は今も草摩の人間だ」

そう言った紅野の目を見ても嘘をついている様な目には見えなかった。慊人さんへの忠誠が確かにそこにあった。確かに"草摩"の人間である事には変わりはないが、呪いが解けた今それに"物の怪憑き"という意味が含まれているのは、わからなかったが。

「そっか。うん……そうだね」
「僕はうい姉さんのが心配だよ」
「私? 部外者の私が?」
「一番巻き込まれてるのは姉さんだよ」

そんな風に思われているのが意外で言葉が出なかった。私はみんなの苦しみを本当に理解は出来てはいないのだ。紅野を心配してここに来たのに、私に矛先が向かってしまい、何をしに来たのかわからなくなってしまう。

「私は大丈夫だよ。紅野も大丈夫……だよね」
「大丈夫ですよ」

先程と目の色は変わっていなくて、これ以上足を踏み入れるのは止めようとそれじゃあ、私帰るねと立ち上がる。玄関先まで見送ってくれた事にお礼を言って、自分の家へと戻った。

−−−−この日の事をなんとなく考えながら、帰宅した日だった。私が帰ってくるや否や、両親が慌てて玄関先にやって来た。父親は何かを構えている顔をしていて、母親の顔は涙で濡れている。一体何事かと聞こうとした時だった。家の中から何かが床に落ちる鈍い音が響き渡っているのに気づく。母親はその音に耳を塞いで、その場にしゃがみこんでしまう。何とか平静を保っている父親が口を開く。

「慊人さんが」

その人物の名前に慌てて靴を脱ぎ、家の中へと入る。音の聞こえる方は私の部屋で開きっぱなしの扉の向こうでいつもの黒い着物を着た慊人さんが私の部屋で暴れていた。とにかく慊人さんを止めようと後ろから慊人さんを抱き抱えるように止めに入る。

「慊人さん! 落ち着いてください! 私、何かしましたか?」

自分の部屋がめちゃくちゃなのは、この際どうでもよかった。慊人さんを落ち着けたい一心で必死に声をかける。

「慊人さん!」

急に静かになった慊人さんは私を振りほどいた。何も言わず私の部屋の出ていく慊人さんの背中は着いてこいと静かに言っていて。私は両親に大丈夫だからと伝えて、慊人さんの背中を追った。

慊人さんに着いていくと、慊人さんは自室へと入っていく。ここに来るまで慊人さんが私の部屋で暴れる原因を考えていたが全く心当たりが無くて、何を言われるか少しずつ恐怖心が湧き上がっていた。

部屋に入り、私は襖を閉める。静かな空間の中、慊人さんは口を開いた。

「草摩から出ていけ」

何を言っているのかわからなかった。上手く言葉を飲み込めなくて、言葉を返せない私に慊人さんが振り返る。

「出ていけ」
「どうして……」
「紫呉達と今後同じ学校に通うのは許さない。草摩を出ていけ。そうだな、この町の学校も禁止だ」

何がそんなに逆鱗に触れたのだろう。ただ単に私が3人と一緒にいるのが面白く無いことだけは前から感じてはいた。高校に進学するこのタイミングが狙い目だと思ったのか。あくまで自分の推測だが。

「慊人さんがそう仰るなら、私はそれに従うしかないですね」
「随分、素直で助かるよ。それと週末、休みの日は僕の所に必ず会いに来る事」
「私の事が嫌になったのに?」
「ういは大切なトモダチだからね」

トモダチにそんな事を強要するのは、トモダチでは無いと誰も言ってくれる人がいない慊人さんの環境に少し同情してしまう。しかし、私はその約束を素直に飲み込む事が出来なかった。

「環境が変われば必ずは来れないかもしれないです。その約束は」
「なら、紫呉達の高校も変えて3人の人生をめちゃめちゃにしちゃうよ」

そう笑う慊人さんに3人を人質にされてしまった。私の弱味をよく知っているじゃないか。そこを引き合いに出されてしまっては、私はもう"わかりました"という選択肢しか残されていない。

「慊人さん、それは狡い考えですよ」
「ういならわかってくれるかなって」
「わかりました。従います」

通う高校だけは決めさせてくれとそこだけは条件付きで。自分にしては冷静に話しが出来たのでは無いかと部屋を出て自分の部屋に戻りながら、そう考える。

しかし、緊張の糸は張っていたのかポロポロと零れる涙は自分にはどうしようもなかった。



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