「今日から車椅子だね」

ついにここまで体力が落ちてしまったのか。先生の言葉に肩を落としながら看護師さんが持ってきてくれた車椅子に腰を下ろす。少し使い方を習って部屋に戻ったが、これ以上病状は良くならないのではと不安だけが駆り立てられていた。

変な意地を張っていた私は、頑なに自分から車椅子に乗り移動することは無かった。やはり自分から使ってしまうと、更に病状が進んでいると自覚してしまうのが怖かったのだ。けれど、多少自分から動いて体力を付けないといけないのも頭ではわかっていたけれど、心が追いついていなかった。

とある日。私はふと甘いものが飲みたくなってしまったのだ。こういう時に限っていつも顔を見に来る両親はいなくて。深いため息をつきながら、憎たらしい車椅子を見つめる。飲み物を諦めればいい話なのだが、人間は不思議なもので考えないようにと努めるほど、それが飲みたくなってくる生き物なのだ。重い体を車椅子に移動させて、車輪を回した。

自動販売機の前につき、お金を入れたまでは良かった。飲みたいモノのボタンが車椅子に座っていると届かないという事に気づいたのだ。見上げていても欲しい飲み物は落ちてくるはずもなく諦めてお釣り返却のレバーを回そうとした瞬間だった。

「あの、ボタン押しましょうか?」

声のするほうを見上げると、白色に近い銀髪、そして肌は色白の細身の男の人が立っていた。その人物は今、病院内で友達のお見舞いに来てる王子様がいると噂の渦中の人だった。本当に綺麗な顔をしているんだとマジマジと顔を見上げてしまう。視線を落とした彼と目が合ってしまい、何だか気恥ずかしくなり顔を真正面に戻した。

「あっ、えっと、そのアイスティーを」
「アイスティーですね」

ボタンを押し、取り出し口からアイスティーを取ってくれて、私に渡してくれた。

「ありがとうございます」
「いえ、これくらい。じゃあ、俺はこれで」

そう言って、彼はこの場を後にした。私はペットボトルのキャップを開ける。一口飲んだアイスティーはいつもより甘い味がした。

この事がきっかけで、廊下などで出会うと度々話しかけられるようになった。普段、病院外の人と話すことの無い私にとって彼の話しはとても新鮮でおもしろかった。

今日も廊下で由希くんを見つけいつからか自分から声をかけるまでになっていた。少し外を散歩しようという事になり、外に出た。

「由希くんはここら辺の人なの?」
「いや。地元を離れてこっちで暮らしてる。ちょっと家の事でいろいろあったんだけど、今はここでのびのびと生活してるから人生って何があるかわからないよね」

そう落とすように笑う彼に何となくこの人はいろんな気持ちを抱えて生きてきたのだと興味を持った。それから学生時代のこと、就職してからのことを話してくれた。きっと一般的な事なのだろうけど私には無い世界の話しを聞くのが何よりの楽しみで、ひとり立ちをして強く生きている彼を好きになっている自分がいた。

しかし、数週間後に友達は無事退院をして、彼がこの病院に訪れる理由が無くなってしまった。もちろん、この時が来るのもわかっていたが寂しい気持ちの方が上回ってしまっている。友達が退院出来たことは喜ばしいことだが、彼にもう会えないのかと落胆している自分がいた。それから数日間、彼という息抜きの場が無くなってしまい、またいつもの病院生活に戻ってしまった。ふとした時に彼のことをどうしても考えてしまい、夜も寝付けない日が続いていた。

彼と会わなくなって、2週間ほど経った日だった。昼ごはんも終えた頃、本でも読もうとページを開くと同時に扉のノック音がした。今日は両親が来る日でも特に検査も何も無い日なので、不思議に思いながらもどうぞと返事をすると扉の向こうから現れたのはなんと由希くんで。あまりの衝撃に固まってしまった私に驚いた? とおどけながら、病室に入ってきた。

「え、どうして?」
「ういちゃんの事が忘れられなくて」

そんなセリフが似合ってしまう由希くんはカッコよくて。そして、嬉しさを隠し切れない私は思わず私もと口走ってしまった。

「それは嬉しいな。俺たち両想いだったんだ」

そんな事を普通に言えてしまう由希くんに圧倒されてしまう。近づいてきた由希くんは私を優しく抱きしめてくれた。好きな人の腕の中はこんなにも安心できるのか。今まで感じたことの無い自分の感情に戸惑いながらも私も由希くんの背中に腕を回した。

それから数年後、私の病状は安定していた。検査入院などで入退院は相変わらず繰り返してはいたが、前より悪化する事は確実に減っている。今日は検査入院から退院をする日で由希が迎えに来てくれていた。荷物を纏めてお世話になった病院の方々に挨拶をして、車に乗り込んだ。

車中では、由希が最近担当している仕事の話を聞いていた。普段は弱音を見せずに凛とした彼だけどもたまにちょっぴり愚痴をこぼして、項垂れる姿を見れるのは彼女の特権だなと嬉しくなってしまう。話しもひと段落すると由希がそういえばと口を開いた。

「寄りたいところがあるんだけど、寄ってもいい?」
「いいよ」

そう言うと車はいつもと違う方面に向かい始めた。どこに行くのだろう? と思いながら、数十分ほど車を走らせる。着いた先はこの間ニュースで見たお花畑が綺麗な公園だった。

「行きたいって言ってたなって」

何気ない私の発言を覚えてくれているのに、毎回驚きを隠せない。助手席のドアを開けて、私がよろけないように支えてくれる彼の手はいつも優しくて。手をそのまま繋ぎながら色とりどりの花が植えられている中を歩く。テレビを通してみるよりとても綺麗だ。花を眺めていると、自分が行きたい所に来れるようになった事やそこに連れてきてくれる存在がいるのが何よりも嬉しくて。

道の途中にあるベンチに座るとういと呼ばれた。何? と振り返るとどこか改まったように、姿勢を正し私を見つめる目と目が合う。

「由希?」
「渡したい物があるんだ」

持っていた鞄から取り出されたのは小さい箱。よくドラマで見かけるような深い青色をした箱。女の子なら誰でも夢にみるその箱を手にした由希は本当に王子様のようで。蓋を開けたそこには太陽の輝きを反射した小さな指輪。

「俺と結婚してください」

そう言った由希の目は本当に真剣で。自分には起こり得ないことだと思っていた事がまさに今目の前で。そして、現実で。

「うい?」

少し心配そうに眉を下げた由希が、箱を持っていない方の手で私の目元を拭う。私、泣いてるんだ。

「本当に私でいいの? 今は良いかもしれないけど、いつ病気が悪化するかもわからないし、由希にもっと迷惑かけちゃうかも」
「俺が支えたい」

そう力強く答えた由希に更に涙が静かに伝うのを感じる。想いを伝えてくれた由希に私もしっかり応えなければと姿勢を正して由希に向かいあった。

「よろしくお願いします」

頭を下げると涙を拭っていた手が離れ、私の手を優しくとる。ベンチに箱を置き指輪をとり、私の指にはめてくれた。気持ちが更にこみ上げてきて、涙が止まらなくなってしまう。ゆっくりと背中に回ってきた腕に引き寄せられて私の体は由希の腕に包み込まれた。

ふいに、優しい風が吹いて花達が揺れる。まるで私たちを祝福してくれるような景色に、いつまでもこの幸せが続いて欲しいと強く強く願った。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -