顔をくしゃくしゃにして泣いている妹の顔を夢によく見る。口元はいつも何を言っているかわからないが、きっと俺を罵倒して、恨みを言っているんだろう。そんな想像をしながら夢は終わっていく。

「夾兄? 話聞いてる?」

同じ海原高校の制服を着て、隣に並んで下校する双子の妹の顔は夢とは全く違い私の話を聞いてないとふくれっ面をしている。そんな泣き顔とは遠い顔をしているのに。ういの向こう側にいつも夢の中のういを見てしまう。

俺のせいで滅茶苦茶な人生を歩ませているのにも関わらず現実でういの泣き姿を見たことは無かった。醜い姿に変わってしまう忌み嫌われる双子の兄を持って、母親は自殺をして、父親は俺といるなと騒ぎ立てるにも関わらずういは夾兄と優しい笑顔で呼び、俺の隣にいてくれる。

いつだか何で俺に構うんだと聞いた事がある。その質問に対してういは兄妹だからだよ、となんの迷いもなく答えたのだ。そんな、ただ兄妹だからという理由だけで側にいるういを理解出来なかったが、誰かが側にいてくれるだけで安心をしてしまっている俺はういに甘えたままでいた。

「ああ、聞いてるよ。友達が告られたんだろ?」

そう答えるとういはそうそうと嬉しそうにその話の続きを始める。ういは俺の前で家の話はしない。気を使っているのがわかるのに、離れられない俺はとても弱いのだろう。

ちゃんと話しを聞いていないとういが怒るので、頭の隅にそんな考えを追いやりながらういの何でもない学校の日常の話しに意識を戻した。

「夾くん! ういちゃん」

紫呉の家と草摩の家のちょうど分かれ道のところで、透が通りがかり声をかけられた。ういと透は仲良さげに話を始める。

「そうだ、ういちゃん。今晩カレーなのですがいつも作りすぎてしまうので、良かったら食べにいらっしゃいませんか?」
「ごめんね、透ちゃん。食べに行きたいんだけど、今日やる事があって……」
「そうなのですね」
「また、機会があったら誘ってくれると嬉しいな! じゃあ、2人ともまたね!」

手を振って帰って行ったういの背中を見送って、透と一緒に帰路に着いた。ういは絶対に紫呉の家には近づかない。それは、慊人から言われてるのか、父親なのか、はたまた自分の意思なのか。どれが本当なのかはわからないがとにかくういは1度も紫呉の家を訪れたことは無かった。いくらういが気を使っているとはいえ、そういった小さなところに俺への確執は現れているのだ。

ある日、近づきたくはないが本家にどうしても行かなければいけない用事が出来てしまい、重い足を本家に向けていた。さっさとやるべき事を済ませて、本家を後にしようと足早に門の方へと急いでいた時の事だ。草木の蔭に見えたはとりがういといるのが見えた。咄嗟に足を止めた俺が見たものはういが泣いていて、はとりが頭を撫でて慰めている様子だった。

夢の様子が頭を過ぎる。見なかったことに出来るわけがなく、思わずそちらに向かってういと呼んでしまった。はとりとういは俺に気づき、ういは驚き涙を拭いながら、そのまま家の方面へと駆けて行ってしまう。急いで追いかけようとするとはとりに腕を掴まれてしまった。

「なんなんだよ!」
「追いかけるな」

はとりの腕を振りほどこうと力を込める。しかし、それ以上の力で止めてくるはとりに途中から抵抗するのを止めた。はとりも俺が諦めたのがわかったかのかすまなかったと手を離す。

「うい、泣いてたよな。いつも泣いてるのか……」

はとりからの返答を聞くのが怖くて、俯いてしまう。

「…………慊人に。慊人に何かを言いに行く時は大抵泣いている。よせばいいのに」

慊人。その人物に恐怖を覚え、顔を上げてういを咄嗟に追いかけようとした。けれど、はとりの視線はやはり俺に行くなと言っていてすぐにでも動いてしまいそうになる足を必死にその場に留まらせる。

「ういと話したいか?」
「当たり前だろ」
「わかった。俺が連れてこよう。俺の家で待ってろ。鍵は開いてる」

そう言ってはとりはういが消えていった方面に歩いて行った。言われた通りはとりの家に上がり、ういが来るのを待った。よく考えれば本家で俺とういが一緒にいる所を父親に見られてしまったら、何をされるかわかったものでない。はとりはそれをわかった上でこの場を用意してくれたのだ。

「連れてきたぞ」

音を立てて開いた襖の向こうから目を腫らしたういが気まずそうにしている。話しが終わったら勝手に帰っていいからなと言い残し、仕事に戻ろうとするはとりにありがとうと伝えると頷いたはとりは襖を閉めた。

服の裾を固く握りしめながら立ち尽くしているうい。とりあえず座れよと声をかけるとゆっくりと机を挟んだ対面へと座る。するとういが口を開いた。

「……泣いてるとこ見られちゃった……よね」
「ああ。はとりから聞いた。慊人に何を話に行ってるんだ?」
「……夾兄を幽閉しないでって。どうしたらいいですかって。いつも取り合ってもらえないけどね」
「なんでういがそこまでするんだよ」

下を向いていたういが顔を上げ俺の目をハッキリと見てきた。その目が本気な事に余計に慊人に近づくことを止めなければと思ってしまう。

「夾兄は誰よりも辛くて苦しいのに、こんなにも優しいから。紫呉さんの家に居るのが楽しそうだから。ここに戻らなくちゃいけないなんておかしいよ……」

目の前のういは夢と同じ様に泣き出してしまった。俺は立ち上がりういの側に座る。抱き締めたいがそれは出来なくて背中を撫でる。

「そう思ってくれる人がいるだけで泣いてくれるだけで、俺は充分だ。俺のことはいいから、ういが傷つくのは見たくない」
「夾兄」

勢いよく抱きつかれた俺は猫に変身してしまう。猫になった俺を抱き締めて泣きじゃくるういをやはり抱き締める事は出来なくて。腕の中から見上げるういが泣き止む様、声をかける事しか出来なくて。俺は落ちていく涙を見つめながら、自分が酷く無力な事を思い知るのだ。

title:ユリ柩



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