慊人が外に用事で遅くまで帰らないという日。珍しく一族に体調が悪い者がいない日。つまりは、いつぶりかの休日。慊人は紅野を連れて行ったので、俺が呼ばれることはまず無いだろう。

机にお茶を準備して、読みたかった本を片手にページを開いたと同時だった。はーさん、入るよーと呑気な紫呉の声が玄関先から聞こえてきた。足音が近づいて来て、扉が開く。俺の様子を見た紫呉は珍しそうな顔をした。

「あれ? 今日は何もない日なの?」
「ああ」

僕もお茶もらうねと勝手に戸棚からカップを持ってきて、俺の向かいに座った。とりあえず紫呉の相手をして早く出ていってもらおう。俺だってたまには1人でゆっくりとした休日を過ごしたい。

「どうした? 今日、慊人は遅くにしか帰ってこないぞ」
「だからこうして、はとりの元に来たのですけどね」

何が言いたいのかよくわからない紫呉に何が言いたい? と聞くと、頬杖をついた紫呉の口元は薄く笑みを浮かべた。

「こういう事に慣れていないので、どう言ったらいいかわからないんだけど、はーさんはういの事を誤解してるよって言いに来たの」

頭に浮かぶのは、はてなマーク。誤解と言われても最近のういとの会話なんてあの痛々しい出来事しか思い浮かばない。……そこに何の誤解があるというのだ。

「ピンと来てない顔してるね。まぁ、僕も詳しくは聞いてないですけど、ういは慊人さんに何かを言われてはとりに嫌いって言ったみたいだね」

そんな事を言われたら期待をしてしまうではないか。これ以上ういとの事で心をかき乱したくはなかった。何も言わない俺に紫呉は頭を掻きながら変わらない笑みで続ける。

「これを信じるか信じないかは勿論自由だけど。酷く落ち込んでたういに事実は伝えてあげるって言ってしまってね。たまにはイイことをするのありかなって」

用件はそれだけですと立ち上がった紫呉は右手をヒラヒラ振りながら、では、良い休日をと部屋を出て行った。しばらくしまった扉を見つめていたが、本を読もうと体制を立て直そうとした。しかし、文字を追っても全く内容が頭に入って来ない。

わざわざ紫呉が俺をからかう為にあんな嘘をつくのは、有り得ないのはわかっている。けれど、ういに近づいてもさらに拒絶されるのではないか。いくら考えても当の本人の口から嫌いとしか聞いてない俺には、直接確かめに行くという手段しか残っていないわけで。考えを1人で巡らせていても、解決はできない。そう思って本を閉じ、ういの部屋に向かう事にした。

あれから近づかなかった戸の前まで来てしまった。戸を開けるが自分の思いと重なり、引き戸が重く感じられる。やっとの思いで開け終わるとういはリクライニングの座椅子に腰をかけて、何かを考えているのかそこでじっとしていた。戸を閉め、ういの元へと足を慎重に進める。まるで俺がいないかの様な態度に引き返してしまおうかと思ってしまうが、気持ちを堪えてういの前に立った。弱り切ったういの視線が俺を捉え、どこか諦めたような口調で話し始めた。

「慊人さんに見つかったら怒られちゃうなぁ」
「慊人は今日、本家にいない。帰りも遅くなるそうだ」

そうと短く返事をしたういは、足を抱えて座り直し、顔を下に向けてしまった。一先ず、相手をしてくれたことに安堵しういと呼ぶと、俯いたままに反応した。

「何?」
「紫呉が来た」

先程のことを伝えるとういは顔を上げて、ふらつく体を持ち上げる様に立ち上がった。よろけそうになるういを支えるために脇に手を入れ、座っていろと静かに腰を落ち着けさせる。

「本当に叶えてくれたんだ……」
「叶える?」

小さく横に首を振ったういは、こっちの話しと遠くを見て笑った。

「うい、好きだ」

突然怖くなり、ういから顔を背けてしまう。しかし、深く背もたれに沈むういは私もと声を震わせた。思わず視線を戻すと涙を溜めながら、嬉しそうに笑う瞳と視線が合う。

「けど、慊人さんが怒っちゃうからまだ嫌いって事にしておくね」
「…………慊人には勝てないか」

見えない鎖が、呪いが。全てが悔しくて、肘置きに両手をついて小さなういの唇に自分の唇を重ねた。手に入れたと言えるその日まで、俺はこの感触を忘れないだろう。



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