慊人さんに会いに来て、その足ではとりの元へ来たのはいいが、どこか様子がおかしい。僕が一方的にしゃべっていても何だかんだいつもは、ちゃんと聞いてくれているのだが、今日は一言二言そうだなと適当な少ない相づちを上の空で返してくるのだ。
「何かあったの?」
「何もない……」
「そう……」
押してダメなら引いてみろ。はとりにこの作戦が効くは一か八かだが、わざとこれ以上の詮索を止めてみると、はとりは横目で僕を見てきた。
「今日はしつこく聞いて来ないんだな」
「んー、まぁ、人間言いたくない事くらいあるだろうなぁって。譲歩ってやつだね」
乗ってきた。それにしても、はとりはこんな簡単に分かりやすい罠にハマるような奴ではない。それ程までに悩んでる事があるという事だ。それは、少しばかり心配にもなるもので。
「で、何があったの? 大丈夫?」
「……ういに振られた」
突然の告白に少し思考が追いつかなかった。そもそも思いを伝え合う仲にまで、発展してるとも思ってなかったので衝撃だ。
「はーさん、ういに告白してたの? いつの間に?」
「ついこの間だ。ちゃんと好きと言った訳ではないが……」
「そーだったの。さすがに驚いたよ」
ういはういで告白を断っているのは、慊人さん絡みだという事はピンときた。あんなにもはとりの事が好きなのに振るだなんてそれしかない。はとりもはとりで真に受け過ぎだろうと思ったが、本人に直接言われてしまったのなら本心だと思ってしまうのも無理はないのか。
「失恋中にお邪魔してしまいましたね」
「楽しんでいる様に見えるのは気のせいか?」
「気のせいですよ。……はーさんはこのままういの事諦めるの?」
「……そう、だな。嫌いと言われたんだ。諦める他ないだろ」
"嫌い"ねぇ……。ういの事をそれなりに知っている身からすれば、それは嘘だということが断定できる。僕の知らない間にはとりが嫌われるような事をしたとも思えない。項垂れているはとりに用事を思い出したと適当に嘘をついて、部屋を出た。
そのまま向かうはういの部屋。僕にしては柄にも無い事をしていると自嘲しながら、相変わらず断りも入れずに、戸を開けると窓から月を見ているいつもの光景がそこにあった。心なしか、はとりと同じ様に肩を落としてる様に見えるういに近づく。振り返ったういは来ないでと静かに言った。
「今、慊人さんから部屋から出るなって言われてるの」
「相変わらず慊人さんは、ういの事が好きでたまらないんですねぇ」
力無く睨まれ、その視線にこれ以上からかうのは止めた。ういの隣に座ると怪訝そうな顔をされたが、構わず窓から覗く月を見上げた。
「三日月ですよね?」
「……あれは逆だから違う」
ういは僕の行動に諦めたのか言葉を返してくれた。
「そうなんですね。……けど、相変わらず願うなら、好きな人に告白をしたい、ですか?」
「……好きな人を守りたいかな」
「嫌い……なのに?」
「もう知ってるんだ」
ういは驚いた様子は見せなかった。全てを諦めているような顔をしているのに、どこかすぐにでも泣き出しそうな顔をしているのを見て自然とため息をついてしまう。ぼんやりと月を見ているういの頭を撫でると目を細めた。
「……慊人さんに脅されたんだ」
「わざわざ言わなくてもわかりますよ。そのくらい」
「どうしよう。もう、はとりさんに会えない」
そう言って、泣き出して胸に飛びついてきたういを抱きとめた。静かに涙を流すういの背中を優しくあやしながら、開いたままの窓から月を見上げる。
「ういの誤解が解けるように僕が月に願い事しといてあげますよ」
「だから、あれは三日月じゃないってば」
泣いてしゃくりあげながらも、否定をしてくるういにキスをした。さらに泣き出してしまったういにわからないですよと呟くと、裾を握っていた手に力がこもる。
「もう、叶わないよ」
寂しく響いた声。……十二支はみんな何かしら暗いものを抱えている。別段、僕が気にしていないだけで。けれど、曲りなりにも夜を一緒に過ごしている女性が本当の恋は叶わないと泣いているのを見て僕だって、何も思わないわけじゃない。それに、はとりだって、気が気ではないだろう。心の底で何かしてあげたいと思うのは不思議な気分だった。
「僕ができる限りの事をしてあげる」
そう言った僕が意外だったのか、泣くのが止まった。赤く腫れた目で僕を見上げ、何を言っているの? と顔に書いてある。
「僕にも一応良心ってものがあるんですよ。まぁ、出来ることしかしないですけどね」
ういの背中から手を離して立ち上がる。本当の事実を伝えることくらいは、僕にくらい出来る。そこからは2人の問題なのだ。
「じゃあ、また」
夜にここに訪れるのは最後になるだろう。2人の未来を考えながら、静かにういの部屋の戸を閉めた。