全快祝いだとういを部屋に招き入れた日。何気なく発してしまった言葉は、好きだという感情を含んでいるのに気づいて途中で誤魔化すために声を小さくした。やはり、そのままういの耳にはそうと聞こえてしまったから、話題を変えるなりすれば良かったのにういの答えを求めるように、けしかけていた。これでは、紫呉に今後モノを言えなくなってしまう。どう返ってくるか少し期待はしたものの、ういの方が大人だった。逃げるように、出て行った背中を追いかけることも出来ずに俺は残った空気をやり過ごすようにコーヒーを口に運んだ。

体調の事もあって心配もしていたし、あのまま気まずいのもどこか居心地が悪くて話がしたかったが、最近姿を見かけることが無くなった。部屋の辺りには何となく近寄り難くて遠ざけてしまっているがそれでも、同じ敷地内で暮らしているのに不自然なほどういの姿を見ていなかった。

--------慊人に何かされた。それ以外の要因は思いつかなかった。とりあえずういの部屋に行こうと腰を上げ向かう。体調を見に来たなど何とでも言い訳は出来る。そんな取ってつけた様なことを考えながら、ういの部屋の前へ来た。中から人の気配はするので、中にいることは確かだ。断りを入れてから入るのは厳しいかもしれない。ノックだけしてすぐに戸を開けるとういは窓を開けて月を見ていた。戸が開いた事にも気にせずに視線を上げているういの後ろ姿は明らかに元気はなく、今にも倒れそうな体を必死に起こしているように見えた。

「紫呉? ねぇ、今、謹慎中なんだ。だから来ない方がいいよ」
「慊人に言われたのか」

俺の声に驚いたのか肩を震わせたういは、こちらを振り向くことは無かった。静かに戸を閉めて、近づこうとすると来ないでと言われる。力のない声だったが、制止力はある声に動きを止めてしまう。

「約束破りまくってたから、慊人さんの反感買っちゃった。しばらく大人しくしてたら慊人さんも治まると思うから。私は大丈夫だよ、だから早く出てって」

そう言われても簡単に出て行くなんて事はできない。俺がういに近づく音が次第に大きくなっていくとういはようやくこちらを振り返る。頬は濡れていて毎日泣いているとわかるその顔に、こちらも胸が締め付けられる。抱き締めようと手を伸ばした時だった。

「私、はとりさんの事嫌いだから」

突然、耳に届いた言葉に思考が追いつかなかった。俯いてしゃくりあげ始めながら、泣いているういを呆然と見つめる事しか出来ず、その場から動けなくなってしまう。

「……あの日の、返事。私、はとりさんの事が嫌い」

どこか自分に言い聞かせる様に嫌いと言い続けるういは、苦しそうで救ってやりたくて。けれど、逆にこれ以上近づけば壊れてしまいそうなういに後ずさった。

「そうか……」

その場で泣き崩れるういを抱き締めて大丈夫だと言ってやりたいが、こんなにも拒否をされてしまっていては、もう手出しはできなかった。この状況で何も出来ない自分の不甲斐なさに情けなくなる。

「勝手に部屋に入ってすまなかった。もう、無闇に近づいたりしないから安心してくれ」

そう言うのが精一杯で、部屋を出て静かに戸を閉める。じっとりとした嫌な汗が全身をまとっていて、それに伴う様に気分が悪くなった。胸から何かが押し迫る様な感覚に思わず口元を手で抑える。しばらくそこから動けずに壁に体を預けながら、中から聞こえる悲痛な泣き声を聞いていた。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -