「ねぇ、僕に何か言うことがあるでしょ?」
相変わらず闇をも飲み込んでしまいそうな静寂さの部屋の中で、慊人さんの静かな声もよく響いた。いつもの様に呼び出しをうけ、部屋を訪ねる。慊人さんの隣に座ろうとすると、そこに立ってろと言葉で突き放された。そして、この一言。言うこと、とは。全く思い当たる事が無いわけでもないが慊人さんが何を聞きたいのかその真意がわからないままに、下手に話し出さない方がいいだろうと黙り込むと、慊人さんは眉間に皺を寄せて鼻で笑った。
「何で、黙るの? 僕は言えって言ってるんだけど」
「何を知りたいんですか?」
「わかってて聞いてるだろ? はとりのことだよ」
……やっぱり。言わないと心に決めているから私の口からは言わない。再度固く決心して慊人さんと向き合うと、慊人さんは気だるげに頬杖を着いた。
「はとりさんが何か?」
「しらばっくれるんだ。いいよ、はとりに直接聞く」
勢いよく立ち上がって、出て行こうとする慊人さんの腕を思い切り掴んで止めてしまった。今の慊人さんがはとりさんに何をするかわからないのが怖い。その一心で掴んだ腕にこれじゃあ、何かあると言っているようなものじゃないかと自分自身の頭の弱さが嫌になる。慊人さんは私の反応に声を上げて笑った。そのトラウマの笑い声に思わず掴んでいた手の力が抜ける。その瞬間に手を思い切り振り払われた。構わず出て行こうとする背中を震える声で呼び止めた。
「慊人さん、私はとりさんの事好きですよ」
恐くて顔が上げられないままでいると、慊人さんが近づいてきて右手を頬に添えられる。体に力が入らなくなってしまい、その場に座り込んでしまった。慊人さんも私に合わせるようにしゃがみこみ、下から顔を覗かれる。その口はとても満足気に弧を描いていて、自然と涙が出てきしまう。
「十二支と話すなっていう約束も守れない上に、はとりの事が好き? 笑っちゃうね」
「……ごめんなさい」
謝罪を言い切ると同時に乾いた音と右頬に痛みが走る。それほど痛くないのに、心が痛い。どこまでいっても血には逆らえないと言われた気がした。その通りなのだ。私は、慊人さんの元で生きて死ぬ存在。……最近、やっぱり思い上がり過ぎてたのかな。
「泣いて謝るくらいなら最初から諦めればいいのに」
「そう、ですね……」
「わかったのなら出て行け。しばらく部屋から出るなよ。わかったな」
何とかフラつく体を起こして、慊人さんの刺すような視線を感じながら部屋を出る。壁を支えにしながら自室へとなんとかたどり着いた。引きっぱなしの布団に倒れ込むと全身の力がさらに入らなくなってしまう。涙を拭う気力もなく頬を伝っていく涙の感触に、はとりさんへの気持ちも一緒に流れていってしまえば楽なのにとまた涙が止まらなくなるような事を考えるしか無かった。