個人経営で老夫婦がやっている喫茶店。クラシカルな店内にはお洒落なジャズがかかっている。席はボックス席が3つとカウンターが4つ。ほとんどが常連さんなこのお店。高校生の頃から通い詰めて、1年前にホールで働いていたフリーターさんが就職が決まったとかで、ずっと通っていた私に白羽の矢が立ったのだ。バイト経験は無いものの喫茶店のメニューやお婆さんの接客をいつも見ていたから特に苦もなく楽しくバイトを始めた。特に目的もなく生きてきたけど、働いてみると意外と楽しくいつの間にか小さな喫茶店を開きたいという夢を持つようになった。

ある時からよく見るお客様がいる。比較的ご年配で常連が多い中でそのニット帽の中年の男性はとても目立った。入口から一番奥のボックス席に座り、ブレンド珈琲とたまに厚焼き玉子のサンドウィッチを頼む男性がいるのだ。時間帯はいつも閉店から1時間前の5時頃。今日もなんとなく時間を気にしているとやはりそのニット帽の男性は現れた。私達の中では常連様扱いなので、その人も慣れたように一番奥のボックス席に腰をかける。お水とおしぼりを準備して持っていき、いつものでいいですか? と問うと頼むと短く返ってくるいつものやりとり。おじいちゃんもといマスターにブレンドと頼むと手練た手つきで珈琲を入れ始める。淹れたてのいい匂いが小さな店内に広がるこの瞬間がとても好きだ。カップに注がれた珈琲とソーサーのみおぼんにのせ、ブレンドです、ごゆっくりどうぞと伝票を置く一連の流れも変わらず。そして、30分ほどで出ていくのだ。

「そうか! ういちゃんはあの兄ちゃんに惚れてんだな!」

そう声を上げたのはいつもカウンター席に座り、珈琲に砂糖をティースプーン3杯いれる常連のヒデさんだ。

「そうねぇ。あの殿方かっこいいものねぇ」

そう続けるのは経理関係を担当しているおばあちゃんだ。レジ締めの時間が近いのでレジ金を数えながらこちらを見てくる。私は奥の席を片付け、布巾で台を拭きながらからかうのやめてくださいと2人をやり過ごそうとする。するとカウンターの向こう側からおじいちゃんがカップを拭きながら追い打ちをかける。

「ういちゃん、高校生の時からここと学校の往復じゃないか。そろそろ若い子の楽しい恋愛話でも聞きたいねぇ」

みんなしてなんなんだ。確かにかっこいいと思うけれど、どこか不気味な雰囲気もあるあの人を好きとは思えない。ただ普通によくあるかっこいい常連様でいいのだ。

2ヶ月くらいたった頃だろうか。相変わらずそのニット帽のお客様はいらっしゃっていて、今日は初めてミックスサンドを頼んできた。珈琲とサンドは同時に持っていくのが希望なので、サンドウィッチを作る過程を見ながらフォークやスプーンの補充をする。出来上がる頃、フォークを準備しておぼんに乗せて、お客様の元へ。この頃になるとお客様もその場で代金を払い、お釣りをお席で渡していた。今日もお釣りを渡し、次は明日の朝の準備でもするかと戻ろうとしたその時手を引かれた。

手を引かれた? 驚いて振り返るとちょっといいかと聞かれた。幸いちょっと混みあっている店内。おじいちゃんもおばあちゃんも自分の仕事に集中している。特に私が出る幕は無さそうなのを確認してからお客様と向き合い直した。ああ、注文聞き間違えたかな?

「仕事が終わったらお茶でもしないか?」

ナンパ? この人が?疑問しか浮かばないものの勢いではいと答えてしまっている私がいて、私の返答を聞いて駅前で待っていると言われた。

いつもより少し早く店内の締めを終えると、おばあちゃんにあらぁ? デート? とニヤニヤされたが、違いますよーとあしらって駅前に急いだ。からかわれただけかもしれない気持ちは勝ってはいたがそれだったらそれでいい。そんな事したらあのお客様も今後お店に来づらいと思うし。ちょっとだけいませんようにと駅前を見渡したがニット帽のお客様はそこにいた。私に気づいたその人は近づいてきて、いきなりすまなかったなと謝ってきた。ビックリはしたけど、大丈夫ですと答えると場所を変えよう。適当なお店でいいか? と尋ねられ特に思い浮かばなかったので、お任せしますと言うと歩き出したので少し後ろを歩き始めた。歩くペースが早いその人は私が遅いのに気づいて途中からペースを合わせてくれた。優しい人だな。

「俺は赤井秀一。君の名前はういだったかな」

名前を呼ばれただけでちょっとときめいてしまった。あれ? 何だろう。このざわめき。自分の気持ちに違和感を覚えながらもよく名前わかりましたねと言うとお店の人達がそう呼んでいるからとの事。

「さすがに観察していても苗字まではわからなくてね。教えてもらってもいいか?」

観察という言葉に引っかかるものの突っ込むのも気が引けて上杉ですと答えた。含むように上杉ういか。と呟いた赤井さん。だからなんなんだ。このざわめきは。

駅近くの喫茶のチェーン店に入り、席に案内されブレンドを2つ頼んだ。

「お腹は空いてないのか?」
「んー、今金欠で……」

少し考えた様子の赤井さんは再度店員さんを呼び、好きなものを頼めと言ってきた。仕送りがあるものの一人暮らしの貧乏学生にとってこんな魅力的な言葉はなくて。現金な私はデミグラスのオムライスを頼んでしまった。夕食代が浮いた!

「すみません」
「俺がそうしたいだけだから気にするな」
「ありがとうございます」

そして、ふと冷静に状況を考える。これはナンパなのか。それとも危ない商法に私は騙されかけているのか。それにしても、知らない人にノコノコと着いてきたあげくご飯まで奢ってもらっている。こんな状況両親が見たら泣くかな。いや、どこかぶっ飛んでいる2人だから何も言わないか。

「ところで、何かありましたか? いきなりこんな」

話しを続けようとしたけど、珈琲とオムライスが来てしまい話しが途切れる。持ってきてくれた店員さんにお礼を言い、オムライスを食べ始める。ちゃんとした食事いつぶりだっけか。美味しいなぁ。

「美味しそうに食べるな」
「恥ずかしい限りで。そうだ、何かありましたか?」
「そうだな。単刀直入言おう。ういが好きだ。ずっと気になっていた」

突然の発言に口に含んでいた水を吹き出しかけ慌てておしぼりで口元を抑える。咳き込みながら脳で処理しきれない言葉がぐるぐる駆け巡る。

「大丈夫か」

落ち着いたころまた水を飲み直し赤井さんに向き直る。

「あの……」
「言いたいことはわかっている。急にこんな事を言われても困ることは。連絡先を渡しておくから気が向いたら連絡をくれ」

そう言って連絡先を書いた紙を渡され、伝票を持ってレジへ行ってしまった。とりあえず味のわからないままオムライスを食べ終え帰路に着いた。どうせ喫茶店で会えるだろうと連絡はしなかったがここ1週間ほど赤井さんは喫茶店に現れなかった。

「最近お兄さん来ないわねぇ。ういちゃん何かあったの?」
「なんもないですって。それじゃあ、お疲れ様です」

バイトが終わり帰路に着く途中も赤井さんを探してしまう。この気になる気持ちはなんなのだろう。連絡してみようって気になってくる。家に帰り一応登録したメールアドレスを開き最近、喫茶店来ないですけど何かあったんですか? と送った。しばらく待っても連絡はないので、シャワーを浴びて戻ると連絡が返ってきていた。仕事が急に忙しくなったとの事だった。そういえば、赤井さんって何の仕事をしているのだろうとそのまま思ったことを返信をして、その日はそのまま眠りについた。

次の日の昼頃にメールの返信があった。本当に忙しい人なんだなということはわかる。

"直接説明したいが、今日時間はあるか?"

今日はバイトもなく授業もここまで。家に帰ることしかやる事はないので、今から暇ですと送るとどこにいるかを聞かれ車で迎えに行くと返ってきた。特に何も考えず学校前で待ち合わせにしたのがまずかったのか。外車に乗って現れた赤井さん。今日は昼までの学生が多いのかたくさんの視線がこちらに自然と集まっている。普段目立たないように生活している私にとって、どう対応していいかわからず、周りの視線を気にしてない風を装い赤井さんの車に乗り込んだ。

「すごい目立ってたな」
「そりゃそうですよ。学生からしたら外車乗る男性なんて憧れの的ですから」
「なら、ういの中でも俺の株は上がったかな」
「あの話し本当なんですね」
「信じてもらえてなかったのか」
「そりゃ、からかわれてると思われてもしょうがないですよ」

会話をしている間に車は発進して、やっと学生からの視線を逃れた事に安堵する。明日友達から総攻撃くらうだろうなぁ。

「どこ行くんですか?」
「とりあえず落ち着けるところに停めるさ」

しばらく走らせてる間に私の事をいろいろ聞かれた。年齢、一人暮らしだということ、夢のこと。
なんで、私こんなに気を許してしまってるんだろう。着いた先は駐車場のある公園。車から下りずにそのまま車内がいいということなので、そのまま会話を続けることにした。

「さぁ、次は俺のことか。メールで職業についてきいてきたな」
「はい。ご職業は?」

お見合いみたいだな、なんて軽い考えが吹っ飛んだ。今、FBIって言った?

「顔」

驚きが隠せなくて表情に思い切り出てしまった。
そりゃ、出るでしょう。FBIなんて海外ドラマでしか聞いたことない。

「証拠もある」

見せられても偽装とかわからないけど、それは本物に見えて。

「信じてくれたかな?」
「ちょっと頭がついてこないです」

FBIの人が私を好き?そんな事ありえるのか。

「あの、それは一旦置いときます。赤井さん。赤井さんは私のどこを好きになったんですか?」
「気持ちのいい接客に笑ってる顔。テキパキこなす仕事姿。それから」
「もういいです! 恥ずかしいです」

さっきから脈が身体中でわかるほど鼓動がうるさい。

「返事は焦らなくていい。信じてくれなくてもいいんだ。自己満足で大変申し訳ないからこれっきりでもかまわ」
「それは嫌です」

こんな振り回されっぱなしで脳が処理仕切れてないまま放置される方がたまったものじゃない。

「私、赤井さんの事気になってます。付き合うとかはまだよくわからないですけど、赤井さんとおしゃべりするの楽しいです」
「じゃあ、それは恋ってことで俺と付き合おうじゃないか」

そんな強引な言葉に頷いてしまった私。彼の職業が職業なだけに大変な事も多いけど、決して後悔はないのだからこれはこれで良かったと今なら思えるのだ。

title:サディスティックアップル



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -