*夢主はもう1匹の猫

「うい」
「夾君じゃん。久しぶり」
「紫呉に用か?」
「そうだよー。いつもの仕事部屋?」
「ああ」

人が来るなんて聞いていなかったから宅急便か何かだろうと引戸を開けるとういがいた。俺とは違うもう1匹の猫。神様と一緒にいることを誓ってしまった猫憑き。軽い足取りで紫呉の仕事部屋に向かうういの背中を見ているといたたまれなくなって、呼び止めてしまった。ういは何? と少し不満げに足を止めた。

「やっぱりまだあそこから出られないのか」
「そうだよ。今更何の確認? 夾くんはずっとこっちで暮らせるように模索中だって聞いたよ。私の分まで外楽しんでよね」

吐き捨てるようにそう言ったういは、足早に紫呉の元に行ってしまった。居間に戻ると透にどなたがいらしたんですか? と聞かれた。

「んー、あぁ、草摩のやつ。紫呉に用事だとよ」
「草摩の方……。お茶などお出しした方がよろしいのでしょうか?」
「いいんじゃねぇか? ほっとけ」

2階から降りてきた由希も誰か来たのかい? と気にしている。由希はういの存在を知らない。ういの事を知っているのは俺とマブダチトリオ、紅野、慊人のみ。慊人が他の人に知られたくないとういを本家の奥に閉じ込めているのだ。

「草摩の方がいらしたそうなんですが……」
「あぁ、あぁ。気にすんな。どうせ紫呉にろくでもない用事だろうし、すぐ帰るだろ」

それでも、やはり何かと台所で狼狽えている透の腕を掴んで、制止をした。あんなもの見なくてもいい。そう思いを込めて。

数ヶ月前。どうしても本家に行かなければいけない用事があった。その時に、見てしまったのだ。紫呉とういがキスをしているのを。鈍い俺でもわかる。そういう事なのだと。用事を済ませて帰ろうとしている所をういに見つかってしまい呼び止められた。

「夾君が本家にいるなんて珍しいね」
「ちょっとした用事だよ。じゃあ、またな」
「ねぇ、待ってよ。さっきさ、私が紫呉とキスしてるの見てたでしょ?」
「見てねぇよ」
「嘘だぁ。だってこのオレンジ色の頭、まず見間違えないよ?」

黙っていればいいのに、なぜわざわざ向こうから絡んで来たのかがさっぱりわからない。ただ、俺もういも昔から立場は違えど同じ猫憑きだからどこかお互い意識し合っているのかもしれない。その猫同士は兄妹だったという話しもあるくらいなのだから。

「あぁ、見たよ。だから何だよ。慊人に言うなって口止めか?」
「いや、ただ別に紫呉と付き合ってる訳じゃないって言いたかっただけ」
「じゃあ、なんで」
「お互い寂しいからだよ」

夾君は変な風にねじ曲がっちゃっダメだよ。そう付け加えてういはその場から居なくなった。一体何の忠告はわからなかったが俺は要らない秘密を抱えてしまって、なぜかそれを庇う立場になってしまったのだ。

1時間くらいしてういは用事を終わらせたのか透と由希に会わないように上手いこと玄関から出て行った。

「あ、うい帰っちゃった? ヘアゴム忘れてったんだよね」
「まだ間に合うから渡してこればいいだろ」
「夾君、夾君。今日ねういが来た理由知らないでしょ」
「あぁ? 紫呉に会いに来たんだろ。俺が本家で2人が一緒にいるとこ見たの知ってるくせに」
「確かにそれもありますけど。……夾君が楽しそうにやってるか見に来たんですって。夾君が幽閉されない様に慊人に自分を差し出すんだって」
「は? 何だよそれ」

頭で考えるより先に体が動いてた。後ろからちょっとヘアゴム! と叫んでいる紫呉もお構いなしにういを追いかけた。少し走るとういの背中が見え、腕を掴んだ。驚いて振り返ったういは、どうしたの? といつもの調子で聞いてきた。

「紫呉から聞いた。何だよ、それ」
「夾君が好き……だからかなぁ。だって、私は外を知らないから私がそのまま幽閉されちゃった方がいいでしょ? 慊人さんも近くに猫1匹いればそれでいいかなぁって思ってたけど、夾君の猫はまた違う意味で幽閉されちゃうもんね。だから、どうやって慊人さんを納得させようかなってその相談を……」
「勝手にそういう事するなよ。俺の問題だろ」
「違うよ。私たちの未来の問題だよ。私はいいから夾君には幸せになって欲しい」
「やっぱり勝手だな。じゃあ、俺を幽閉する変わりにういを出せって言ったらういは怒るよな?」
「当たり前じゃん」

お互いが好き同士なのに。この厄介な鎖のせいで何もかも上手くいかない上に2人とも幽閉される未来しかない。なら、上手いこと慊人を納得させてどちらかに自由をと同じような事を考えているのはやはり兄妹だったのだろうか。

「とりあえず紫呉に頼るのはやめてくれ」
「何で? 嫉妬? 慊人さんの情報を引き出すのは紫呉が手っ取り早いからさぁ」
「とにかく自分で自分を傷つけるなよ」
「その言葉そっくり返すね。……そろそろ行くよ。はとりが車で待ってるから」

俺の手を振り払ってういは足早に行ってしまった。今、追っても状況は何も変わらないのはわかっていたから、それ以上は引き止められなかった。消えていくういの背中を見ながら俺が守ってやりたいと強く思った。けれど、方法なんて簡単には思いつかないわけで。とにかくういが説得してしまう前に、どうにかしないと焦る気持ちだけが募っていくのだ。

title:サディスティックアップル



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