スナックの上に掲げられた万屋の看板。その名前に聞き覚えはあるので、ここで間違いはないはずだ。チャイムを押すと中から騒がしい声が聞こえる。少しして人影がこちらに向かってくると同時に新聞の勧誘はお断りですよと扉が開いた。眼鏡をかけた17歳くらいの男の子が顔を出し、キョトンとした顔をしている。
「あの勧誘じゃないんですけど。えーと、銀さんいますか?」
「お知り合いですか? 銀さんならいますよ。どうぞあがってください」
履物を脱いで奥へと案内され、チャイナ服の女の子にソファに座るアルと促される。銀さんお客さんですよと奥の襖から眼鏡くんが銀さんを呼んでくれている。
「ったく二日酔いなのによ」
奥からダルそうに頭を掻きながら出てきた銀さん。目つきはあの頃に比べてだいぶ魚の死んだような目にはなっていたけどあまり変わっていない。私の顔を見るなり見開かれた眼。
「二日酔い覚めましたか?」
「……ういなのか」
銀ちゃんこの人誰アルか? と騒ぐ女の子を無視して私の目の前に座る銀さん。
「お前、高杉の野郎はどうした?」
「ちゃんと許可もらって、来てるから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃねーだろ。何しにきた」
「何って顔見に来たの。江戸に来たから。それだけ」
本当に顔を見に来ただけだからそれ以外は何もないけど、こんなに邪魔者みたいな扱いされるなんて思わなかったな。
「あの、2人はどういう関係なんですか?」
「子どもには関係ねぇよ。ほら、顔見に来ただけだったんだろ。早く高杉のところに帰れ。神楽見送ってやれ」
「いやアル。折角来てくれたんだからもう少し話したいアル」
神楽と呼ばれた女の子に腕を掴まれ困ってしまう。銀さんは銀さんでダルさそうに頭を抱えている。
「銀さん」
「俺は元気でやってるから。何も構えなくてごめんな」
口では優しく聞こえるけど、目は早く帰れと言っている。私がここにいるのが不都合なのか私が晋助のそばにいるからなのかはわからないけれど。なんとなく神楽ちゃんも理解してくれたのか腕を離してくれた。
「あの……」
気を使って声をかけてくれた男の子の言葉を遮って帰りますねと私は静かに席を立った。