プラトニック | ナノ
いつもの毎日。変わりなく登校し、変わりなく席につく。ここまでが。
「遊城十代!!」 「え、は、はい?」
まさか朝から、クラス半分以上の女子に言い寄られるなんて、思いもしなかった。
理由は簡単。「ヨハンに彼女はいるのか」という内容だった。それはファンクラブでは、第一に上がる疑問なわけで、登下校が一緒の十代に、真相を確かめに来たのだ。それはもう、鬼の形相だった。
「アンタなら知ってるでしょ!」 「ヨハンくんに彼女はいるの?」 「え、か、彼女…」
彼氏、なら居るが。彼女たちの目の前に。それは言っていいものかどうか。言い詰められ、椅子が崩れそうになる。どうしようか迷った挙げ句、精一杯の答え。
「い、いるん…じゃね?」 「そんな…!早い、早いわ…たった一週間で彼を落とすなんて…!」 「一体、どこの泥棒猫かしらね…!」
いきなり殺意に満ちた彼女たちに、自分が恋人だと言わなくて正解だとホッとした。予鈴のチャイムに、女子はバラバラと十代の席から離れる。
「大変だったスね…」 「なんかもう、一日分の体力使った気がする…」
椅子に深く腰掛け、去っていった彼女たちは「徹底的にヨハンくんの彼女が誰なのかを調べるわよ!」と、また新たな団体が出来た。これはちょっとやばいな、と感じた十代は、しばし現実から目を背くことにした。それは別の声によって遮られたが。
「待てって!シャーク!!」 「遊馬?」
廊下に響き渡る声。一体何事かと、クラスメイトは廊下に集まる。それに十代と翔も一緒になって見てみると、十代のクラスの前で遊馬が、札付きの不良、神代凌牙の腕を掴んでいた。
「鬱陶しいんだよ!」 「だから!答えを聞かせてくれって!」 「うるせーな!」 「オレは、真剣にシャークが好きなんだってば!!」
好きなんだってば、 好きなんだってば、、 遊馬の声が廊下に反響する。周りに居た生徒は皆、硬直していて、静かだ。いつもの朝とは思えないぐらい、真夜中の静けさのように、何も、音がしない。
「……あ、アレ?」 「てめぇは、馬鹿だな」 「え?」
こんな公共の場で、大胆に告白など遊馬はやるもんだなー、と十代は一人関心していた。しかも相手は、誰もが恐れる神代凌牙だ。学校もろくに来てないし、来たとしても皆が怖がって近寄らない。そんな彼に告白など、彼か、または十代しか出来ない行為だろう。
「なんでオレ、二年の…」 「くそ、今日は帰る」 「あ、シャーク!!」 「ついてくんな」 「…シャーク」
遊馬の腕を振り払い、廊下を歩く凌牙に、集まっていた生徒は彼に道を譲る。それと同時にチャイムが鳴り、担任が「教室に戻りなさい」と指示をしたのに、生徒はクラスに戻る。遊馬は、ただ去った凌牙の背中を、ずっと見ているだけだった。
「シャークに電話が繋がらない…」
昼休み。一年のクラスでは、遊馬が先ほどから携帯と睨めっこを繰り返していた。
「どうしたんだ?」 「あ…遊星。さっきから、シャークに電話してるんだけど繋がらなくて」
それもそうだろう。あんな公共の場で大胆に告白され、しかも相手は怒っていた。はぁ、とうなだれる遊馬だったが、「シャークを探してくる!」と席を立ち、携帯片手に廊下に飛び出して行った。
「騒がしいな…」
先生たちの目を盗んで学校を飛び出した遊馬は、近くの川沿いに佇む凌牙の姿を見つけた。こちらが近付いても見向きもしない。
「…シャーク」
声をかけてはみるものの、返事はない。隣に立ち、同じように手すりを掴み、流れていく川をジッとみつめる。暫しの時間が経った。先に沈黙を破ったのは、凌牙の方だった。
「馬鹿らしい」 「え?」 「意地はってんのとか、色々と」 「なんのことだよ?」
いきなりのことに、理由を求める遊馬とは逆に、凌牙は何かを決意したように遊馬を見つめた。不意打ちだ。ドキッときてしまった。
「遊馬」 「な、なんだよ…!変なシャークだな」 「うるせー。お前に言われたくねーよ」
名前呼びなんて、今までだってしてくれなかった。それにドキッとしたなんて、絶対に認めたくない。遊馬は、心臓が跳ね上がりそうなのを必死に耐えた。この鼓動が、彼に聞こえてないのを、ただ願うだけで。
「好きだ」 「……え、」 「いい加減に追いかけっこは飽きたぜ」 「え、シャーク…オレのこと、す、好きなのか?嫌いなのかと…」 「誰が嫌いなんか言ったかよ」
確かにそうだ。シャークは好きだとは言わなかったが、嫌いだとも言わなかった。さっきの追いかけっこだってそう、答えを求めた遊馬に、嫌いだとは答えなかった。
「ず、ずるい…今までオレって、ただシャークにからかわれてただけじゃん…」 「大人をなめるなよ」 「一個年上なだけだろ!」
それでも嬉しくて、嬉しくて、遊馬はいつもみたく笑うと、零れ出たのは本音。
「大人って、ずるい」
昼休みが終わるチャイム。ああ!と叫んだ遊馬に、シャークは耳を塞ぐ。
「飯食いそびれた!」 「しらねーよ」 「こうなったらシャークの奢りで!」 「ふざけんな」 「誰のせいでこうなったと!!ああもう、とりあえず飯!シャーク、ご飯食べに行こうぜー」 「授業は」 「良いよーそんなのー!!ほら行くぞ」
そうして二人が帰ってきたのは、六時間目が終わるとき。それはもう、反省文十枚と担任のお説教が待っていた。
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