プラトニック | ナノ
夕方の帰り道。自分の影が伸びていき、日は家々の間に沈んでゆく。耳につけた大きなヘッドホン。周りの音を遮断してく。自分の世界だけが広がる。栗色が揺れ、鞄が揺れる。それから前を歩くカップルを見て、小さく、口を開いた。
「電話、したい」
ざわめくクラス。それを机から傍観したって楽しくもない。話題は決まって、先週来た「転校生」のことだ。女子の間ではファンクラブまで結成されているらしく、このクラスの半分以上が会員。その転校生は外国人らしく、そりゃあまあ綺麗で。
(そんなお綺麗さんと、オレが付き合ってるなんて…誰も分からないだろーな)
心の中で少しばかり優越感に似た感情が湧き上がる。彼、十代は、先週やってきた転校生と、絶賛お付き合い中である。彼は隣のクラスで、顔だってすれ違ったぐらい。なのに相手は突然、十代を屋上に呼び出したかと思えば言ってきたのだ。
「好きだ、」
と。一体なにが好きなんだ?と聞いた十代に、相手は真面目な顔をして、「君が」と抱きしめてきた。言い忘れたが、転校生は男だ。そして自分も男。男に告白されても嬉しくないのに、十代は何故か、頷いてしまった。
「まあ…えっと、お試しって感じでもいいか?オレ、まだ何も…」 「あ、そ、そうだよな。ああ、お試しで良い」 「そっか…よろしく。えーっと」 「ヨハンだ」 「おう、オレは十代」
こうして恋人(お試し)になったわけなのだが、恋人というのは何をしたら良いのかさっぱり分からない。十代も、誰かと付き合うなんてしたことがないし、一緒に返ったりぐらいはするのだが…。
(これって、ただの友達じゃね?)
普段、十代が友達とやっていることと対して変わらない。どこからが恋人たちの域であるのか、全く分からない。
「じゅーだい先輩!遊びに来ましたよー」 「お、遊馬に遊星じゃん」 「何かありました?悩んでるみたいでしたが…」 「え?あ、いや…なんでも」
後輩である遊星と遊馬は、そんな十代の言葉に互いに顔を見合わせる。いつもは元気で、脳天気な十代だが、今日は何処か悩んでいるようにしか見受けられない。
「恋人って、何するもんだと思う?」 「え?あー…手、繋いだり…とか」 「あ、電話しあったり!」 「電話…か。そっか…」
一応、ヨハンのアドレスと電話番号は聞いてある。しかし一度も連絡を取り合ったことがない。毎日学校に行けば会えるし、いちいち電話やメールなんてしなくて良いと思ってる。
「ふーん…遊星は恋人に、毎日電話すんのか?」 「し、しないですよっ」 「あやしー」 「遊星は、電話を待つ方だからな」 「遊馬!余計なことを言うなっ」 (電話を待つ……)
待ったところで、ヨハンが電話なんてくれるかどうか…。少し遊星が羨ましく思いながら、予鈴のチャイムに二人は教室を出て行った。手を振りながら見送ると、その横をヨハンが通り過ぎたのが見えた。 上げたままの手が止まる、顔はたぶん、いや、凄く間抜けだろう。ヨハンもこちらに気付いたのか、手を肩まで上げ、笑ってみせた。
(あ…なんか、恥ずかしい…)
いつも顔を見合わせているはずなのに、整った顔で笑われると、なんだか恥ずかしくて仕方ない。ファンクラブまで出来ている理由が、なんとなく分かる。
「アニキ?何か顔が真っ赤…」 「え、嘘、オレ見とれてた!?」 「え、誰のこと」
まだ付き合い出して、三日か四日。相手のことなんてほとんど知らないのに、ほんのちょっとしたことに、ときめいているなんて。
(ときめくのはまだ早いだろ…オレ)
考えれば考えるほど、自分が墓穴を掘っているようで、机にふせた。まだ恋は始まったばかり。この感情は勘違い。勘違い。
(勘違い、)
夕暮れ。ヘッドホン。影。踏み踏み。音楽は耳の中で飽和して、前を歩くカップルを追い越した。羨ましいなんて思わない、だけど、恋人とは、あんな風に手を繋いで肩を寄せ合うものなのだろうか。二人の会話なんて聞こえないが、楽しそうなのは一目瞭然。二人をみていたらヨハンに会いたくなった。彼は部活で今日は帰れない。きっと今頃、沢山の女子に囲まれているに違いない。
(電話、したいな…声聞きたい)
今日一日、あまり声を聞かなかった。朝の十分と、昼休みの四十分。それから夕方の一分。一時間も満たない声しか、耳には届いてこなくて。携帯を取り出す。今まで開いたことがない、彼のアドレス帳。ダイヤルボタンを押せば繋がるのに、十代は待つことを選んだ。
「部活、終わったら…電話してくんねーかなあ…」
話したいことはそれと言ってない。だけどただ、ヨハンの声が聞ければ満足。
だからさ、ねえ、
( オレに、ラブコール、くれよ )
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