プラトニック | ナノ



視界いっぱいに彼の顔が広がる。そして唇といえば火照り、熱を増していく。暫し、時が止まった。

(嘘…オレ、ヨハン、に)
(キスされて…)

遅れて来た思考。彼は王子の格好をし、自分はドレス。まるでどこかのおとぎ話みたいだ。



「十代先輩!なーんでウチのクラスに…ってアレ?十代先輩?」

午後の演技を終えた十代が居たのは、いつも遊星が使う理科室。窓には黒いカーテンがかかり、教室には明かりを付けずにいる為暗い。彼が自分のクラスに来ないのを問い詰めようとやってきた遊星と遊馬だったが、理科室にいた十代は、口を手で押さえ、背中を丸め小さく震えていた。

「十代先輩?具合でも…」
「まさか、まだ風邪が治ってないとか?」

心配をする二人をよそに、十代は小さくヨハンの名を呼んだ。それを聞いた二人。やはりまた、彼と何かあったのだろう。

「おかしい、んだ、オレ…。ヨハンに、キス、されて…頭ん中、わけわかんなくて」

ヨハンに話したいことがあると言われ、十代はそれを聞きたくないと言いのけて教室から逃げた。それを慌てて追いかけ、やがて追いかけっこの果てに着いたのは屋上。二人の言い争いが始まる。やがてヨハンが大きく十代の名を呼ぶとキスをした。視界がおかしくなり、なにも考えていられなくなってしまったのだ。

「なんで、オレのこと嫌いとか言ったのにキスすんだよ…なんで、こんなに嬉しいんだよ…」
「オレ、ヨハンが、嫌いだ。」
「オレばっか、こんな思いして……イライラしたり、モヤモヤしたり、も、嫌なんだ」

遊星、遊馬には、十代のその気持ちが何なのかよく分かる。二人も同じ気持ちを味わったから。本当に、恋をした者が感じる痛みや不安だから。十代にはイライラやモヤモヤの意味がわからない。自分が今、嫉妬しているのがわからないのだ。

「お前らー此処は使用禁止…って、十代たちじゃん」
「城之内先輩!王様まで!」
「どうしたんだ?こんなところで。まだ祭りはこれからだぜ」

理科室に顔を出して来たのは城之内とアテムだった。どうやら校内見回りをするアテムの手伝いを城之内もしているようだ。
いつもの十代なら、アテムの姿を見て立ち上がるほど喜びそうだが、今はその力さえ無いのか、朧気に見つめるだけだった。

「何かあったのか?」
「あ…いや、」
「…二人は外に出てくれ。先生に見つかりでもしたら厄介だしな」
「でも十代先輩が…」
「彼にはオレが話したいんだ」

二人の目線が十代に向けられ、アテムはなにか感じとったのだろう。二人を城之内に任せ、十代が座る椅子の隣に座る。

「……なにがあったんだ?オレで良かったら相談に乗るぜ」
「王様…。王様は、その、誰かを見てイライラしたり、モヤモヤしたり、自分だけ悩んだりっ…て、あります?」
「あるぜ」
「え?」
「あー、そう、だな。城之内くんと一緒に居ると常にそうだ」

彼は人望が大きい。だからこそ彼には多くの人が寄り、女子だって心を惹かれるところがある。彼が告白されるたびにドキドキして、彼の隣に女子がいるだけでモヤモヤしたり、いつだって目が離せない。

「四六時中、城之内くんの事ばかり考えていた自分に気付いたんだ」
「…王様」
「そしたら、自分が、恋してるんだと気付いた」
「恋?」
「オレは、城之内くんが好きなんだ」

どくん。
十代の中で、何かが脈打つ。アテムの言うことは、まるで自分のことを代弁しているかのようだった。つまりそれは、自分がヨハンに、恋をしているということだ。

「十代。逃げてばかりじゃスタート地点から一歩も踏み出せない。恋も人生も、すごろくみたいに、なにが起こるのか分からないものなんだぜ」

相棒の受け売りだけどな。そう笑うアテムに、十代は強く唇を噛み締めた。今まで自分が、ヨハンへ感じて来た感情は恋。だが十代は踏み出さなかった。恋を知ろうとしなかった。ヨハンを避け、彼の言葉に耳を貸さない。

「じゃ、オレ…ヨハン…が」
「でも本当の答えは、十代、君が決めるんだぜ」
「王様…」
「っと、すまない。オレはまだ見回りがある。ここは使用禁止だから、話すなら屋上とかにしてくれよ」

アテムはそれだけを言い残し、理科室を出て行った。十代は暫く床と睨めっこ。恋なんてしたことがない為、これからどうすれば良いのか分からない。会って気持ちを伝えるのが良いんだろう。だけどキスをされた後だ、顔なんて合わせられるはずがない。

(うっわあ…オレのいくじなし…)

デュエルだとかなら、積極的にいけるのに。どうも恋は臆病らしい。
暫くして、十代は理科室を出る。遊馬たちはクラスに帰ったのか姿は無く、小さくうなだれながら自分もクラスに帰る。

(唇が…暑い……、)

唇に触れると、鼓動がドッと駆け足で脈をうつ。顔は火照りだし、嫌に隠そうとすれば余計に暑くなる。厄介なものだ。十代は顔が赤いのがバレないよう、床を見つめながら教室に入る。

「あれ、アニキ?顔が赤いような…」
「断じてちがう!」

あ、しまった。顔上げてしまった。