プラトニック | ナノ



文化祭が近付くにつれ、授業のほとんどは文化祭の作業で潰れる。授業を受けずに済むのは何とも嬉しい限りだが、演劇の練習をするぐらいならば、授業中寝ていた方が断然マシだ。

「ああ、あなた、わたしのために」
「感情がこもってない!真面目にやる!」
「これでも真面目だ!」

ヒロイン役に抜擢されてしまった十代は、クラス委員長の前で劇の練習を強いられていた。それをクラスメイトは笑いながらも見つめ、自分たちの作業を済ませる。

「もう休憩していいわよ!全く…次でクリア出来なかったら、夕方、帰らせないからね」
「えええ!?」
「嫌だったら真面目にやりなさいよ!」

委員長は台本を近くの机に置くと、ジュースを買ってくる、と教室を出て行った。それを目線で見送りつつ、十代は気が抜けたようにその場に崩れ込む。

「もうやだ…」

その後、またオッケーを貰えなかった十代は、夜まで特訓をさせられるはめとなる。






パン、パン。あっという間に文化祭当日がやってきた。空には開始を知らせる音が鳴り響き、十代のクラスの殆どの女子は、ヨハンがいるクラスへと駆けて行った。そうして十代も、ピンクのふりふりレースがついたドレスに身を包んでおり、クラスは爆笑と、見とれる者に分かれる。

「ぶははははは!!似合ってるのがウケるぜ!!!!あはははははッ」
「か、可愛い…」
「お前らぁ…!オレなんか恥ずかしくて死にそう!」

一時、クラスメイトと口論を続けていた十代だったが、委員長に呼ばれ、劇が始まることを伝えられる。昨日、一度通しをやったものの、上手くできたとは言えない演技で、「まあ、そんな期待してないから」と励ましとは取れない励ましを言われ、十代はただ苦笑するしか無かった。
劇がはじまり、十代をみた観客は同じように爆笑と、見とれるに分かれる。嫌々ながらも頑張って覚えた台詞を口に出す。
そしてラスト。恋人である相手役が、自分とは別れを告げたのにも関わらず、敵から身を守ってくれるというシーン。そして、身代わりに亡くなるという悲劇。

(…もし、これがヨハンだったら?)

今自分の前で、こうやって庇い、命を落としたとしたら?嫌いだと別れを告げた。なのにもし、命をはってくれたとしたら…。

(そんなの、嫌だなあ…)
(ヨハンが自分の為に死んだりしたら)

「…君は、生きるんだ。オレの、分まで…君を、愛しているよ」

何故か、最後の愛の囁きがヨハンの声で聞こえた。はじめでしか、好きだと言われなかったけど、やはりヨハンの声で言われると、くるしい。下唇を噛み締め、絞り出すように声を発する。

「……や、だ、」
「やだ、死なないで、置いてかないで、まだ何も伝えてない、まだ、やりたいことあるのに……」
「やだ、やだっ、いやだ…っ」

委員長が奥で小さく、台詞が違う、と十代に向かったが、それも無意味に終わる。十代が、泣いていたのだ。観客からは歓声が上がり、相手役といえばギョッとしていた。泣くシーンはありはするものの、十代は涙なんか練習で出せなかったため、芝居でやるはずだったのだ。

「……ヨハン、」

そして、誰にも聞こえない小さな、小さな声で名前を呼んだ。相手役は、何を言ったのか分からない素振りで首を傾げたが、十代の涙は止まらない。いつまでもハケない二人に、観客が心配そうにしていたが、委員長が無理やり裏へ引きずる。

「遊城くん!やればできるじゃない!台詞を間違えたのは全然気にしないわ!…って、大丈夫?」

いつまでも泣き続ける十代に、委員長は心配そうにハンカチを渡す。

「あ。おー、大丈夫…」
「才能あるんじゃない?んじゃ、その調子で午後も頼んだわよ!私、ヨハンくんのクラスに行ってくるから!あ、ドレスは脱いじゃ駄目だから」
「ええー!?」

暑苦しいし動き難い、演技が終わったら解放されるとばかり思っていた十代はうなだれる。劇は午前と午後一回ずつで、あとは午後まで遊びたい放題なのだが…。

「どこ行こ」

遊馬たちのクラスにでも行こうかと教室を出れば、隣のクラスは長蛇の列。ほぼ全員が女子だ。

「さっすがだな…」
「あ、十代くん」
「え?あ、君は…」

十代が歩き出そうとした時、背後から声をかけられ振り返れば、ヨハンの隣にいた彼女だ。一体、自分に何の用だろうか。不思議な顔をする十代に、彼女はニコニコと優しい笑みを浮かべた。

「ちょっと、話したいことがあるの」
「ああ、」
「…ヨハンくんと、別れたんでしょ?」
「な、んで…知ってるんだ?」

さっきの優しい笑みとは違い、クスクスと皮肉に笑う。それにヨハン同様、嫌な予感が身体を蝕む。足が後ずさりを始めたが、彼女の腕によって逃げることは不可能で。

「ヨハンくんを、アンタなんかに渡さないんだから」

ちらり、彼女は横をみた。それに十代は気付かず、クラスメートの声。

「十代!!危ない!」
「看板が倒れる!!」

横にあった大きな看板が、こちらに倒れて来たのだ。彼女はいつの間にか十代から離れており、このままでは大事故になる。なのに十代は動けなかった。咄嗟の判断が出来なかったのだ。

(下敷きになる…!)
「十代!」
「えっ……」

ふと、自分の名前を呼ばれたかと思ったら、身体がフワリと浮いて、看板から逃れることが出来た。大きな音を立てた倒れた看板にゾッする。あのまま下敷きになってたらどうなっていたか…。

「ありがと…って、ヨハン?」
「大丈夫だったか?」
「あ、おう…」

身体を支えるように肩を抱き、密着しているのに気付いた十代は、無意識に顔が真っ赤になった。

「あああ、うん、ありがとなっ…」
「怪我とかないか?」
「ない、ないぜ?じゃあオレ、もう行くから…」
「十代!頼みがあるんだ」

逃げるように身を引いたものの、ぐっ、と腕を強く掴まれ、逃げ出すことが出来ずに戸惑う。それに、自分たちは縁を切った仲だったんじゃないだろうか。軽々しく話しかけて来ても、正直どうしたら良いか分からない。そんな十代の心境なんてお構いなしに、掴んだ腕を引っ張り、自分のクラスへ連行した。そこでは何人もの女子生徒がいた。

「な、何するんだよ…?」
「…君をはじめてみた時から好きだった」
「え…」
「好きだ」

いきなり台の上へと連れて来られたかと思えば、愛の告白。周りの女子は騒ぎ立てており、何が何だか理解できない。

「と、いうわけだ。オレのハニーはコイツで決まり。諦めてくれ」
「くうう!!オリジナルの愛を囁いて貰えるなんて!良い友人を持ったわね、遊城十代!」
「だから、なんだよ」
「あまりに彼女たちがしつこいから、オレが一番のハニーを決めると言ったんだ。それで諦めて貰うためにさ」

それはつまり、彼女たちを諦めさせる為に告白したということだろうか。ただダシに使われだけ?嫌いだから?だから、わざとこうやって?

(ドキッときたオレって…)
(……馬鹿みたいだな)

嘘の告白なんて、ちっとも嬉しくない。なのに、ずるい、ずるい。

「十代、聞いてほしいことがある」
「…オレにはないぜ」
「オレにはあるんだよ、」
「聞きたくない」
「十代!」
「オレたち、友人じゃないんだろ?」

なんて最低な口なんだろう。本当の気持ちが出て来ない。裏返ししかでない。聞きたくないのは本当だ。また、何かを言われると思うと怖いから。臆病。駄目だな。

ああ、誰が決めるっていうの!?
この気持ち!