プラトニック | ナノ
重たい瞼を開けた。視界に見えるのは白い天井と、それと、
「大丈夫か?十代」 「あんまり無理しない方が良い」 「城之内先輩に…王様……?」
心配そうに顔を覗かせる二人だった。どうやらここは保健室のようで、身体を起こそうとしたが、思った以上に衰弱しているようで起き上がることができない。起きるのは諦め、城之内とアテムの方に顔を向け、「どうして二人が?」と質問をした。
「屋上で倒れているのを、遊戯が見つけたんだ。危うく、死ぬとこだったぜ、お前」 「あ、そう、なんだ…わざわざ悪いです」 「いや、気にしないでくれ」
家まで送ろう、と十代は城之内の背中におぶられ、アテムは彼の鞄を持って保健室を出る。屋上、というワードを聞いて、さっきヨハンに言われたことを思い出した。自分なんか、嫌いだと言ったあの時のことを。 未だに、どうしてこんなに苦しいのか分からない。どうして、ヨハンのことになるとイライラしたり、モヤモヤしたりするのか全く。この感情に名前を付けてしまえば楽なはずなのに、
(ヨハン、ヨハン…) 「……ふっ…う、」
自然と涙が頬を伝う。城之内とアテムはそれに気付きはしたが、特に声をかけることもなく、そっとしておいた。
(ヨハン、会いたい……)
彼が保健室を出た同時刻。ヨハンといえば理科室前で足止めを食らっていた。その理由は、
「いや!絶対に通さないんだからっ」 「離してくれ!」
昨日、告白をされた彼女に抱きつかれ、離してくれないからだ。理科室を出て少ししたところで、彼女は仁王立ちしていて、「十代くんのところに行くんでしょ?」と図星をついてきた。ここまではまだ良い。しかし彼女はあろうことか、ヨハンに抱きつくや否や、「彼のところには行かせない」と離してくれなくなったのだ。 無理に払えば、彼女に怪我をさせる。ある程度の力で振り払おうとはするが、しっかり両腕に挟まれて抜け出せやしない。
「君には関係ないだろ!?」 「ある!ヨハンくん、ずっと、十代くんばっかで…私が居るのに!!」 「はあ?なんのことだよ、オレは君と恋人同士なんかじゃ…」 「でも、十代くんとも…でしょ?」
ニヤリ、と確信をついたような笑みに、冷や汗が流れる。何のことだ、そう言おうとしたヨハンより先に、彼女は紡ぐ。
「恋人をやめたのでしょ?十代くんと」 「なんで知って…」 「屋上で聞いちゃったの。ヨハンくんが、彼に、嫌いだって言ったのも」
全部ね、 大人しそうな顔つきとは全く逆だ。ヨハンはどうにかここを離れたいと思った。彼女は危険だと、そう確信したからだ。
「離してくれ…!!乱暴はしたくない」 「ねえ、ヨハンくん。私と付き合って、お試しでもいいの。どうせ、十代くんともお試しだったんでしょ?」 「ふざけるな!」
もう耐えられなくなったヨハンは、少し乱暴に彼女を振り払った。それでも彼女はクスクスと笑い、楽しそうで。だが今は構ってる暇などない、と保健室へ急いだ。
「そんなに…遊城十代が良いっていうの…あんな、男がっ……」
保健室へとたどり着いたヨハンだったが、既に十代の姿は無かった。仕方なく、携帯を取り出す。メールでも送ろうとしたが、今彼とは、縁を切ってしまったとこ。屋上でのことを思いだし、手のひらを額へと当てる。
(何言ってんだオレ……) (あんな嘘を並べたって、意味ないのに)
カッとなって言ったこととはいえ、結局自分が一番、後悔している。十代に嫌な思いをさせてた覚えはない。だが、十代にとっては嫌な思いだったんだろう。彼女と、とは先ほどの彼女のことだろうか?それはただの誤解だ。彼女には告白され、相談したいことがある、と言われただけ。誰にも話さないで欲しいと言われたので喋らなかったが、それが逆に、十代に嫌な思いをさせていたなんて。
(バカだな…オレ)
好きなのに。 好きに嘘はないのに。 きちんと伝えられたら、こんな思いもしなかったろうに。
一週間近く、十代は学校を休んでいた。まだ身体は衰弱していて、熱もなかなか収まらなかった。しかし一週間もすれば熱も下がり、食欲も出てきて、学校にも行けるぐらいには回復した。 クラスでは誰もが心配をしてくれ、遊星と遊馬なんか、泣きついて来たほどだ。まだ完全に回復したわけじゃないが、とりあえずは学校復帰が出来たことにホッとする。
「そういえば十代先輩。もうそろそろ文化祭ですよ!」 「文化祭…そっかあ、そんな時期かあ」 「クラスでは何やるか決まりました?」 「しらねー、オレ休んでたし」
九月も中旬。あと二週間で学校の第二イベント、文化祭がやってくる。十代は学校を休んでいた為、クラスの出し物は何をやるか知らない。遊馬のクラスはお化け屋敷、遊星のクラスはジュースやアイスを売るのだと話した。
「ヨハンのクラスは何やるんだろ、」 「え?」 「え?あっ、いや!なんでもない!んじゃオレ、ちょっくら聞いてくるからまたな」
自分でも無意識だったのだろう。十代は慌てて路線変更し、二人に手を振ってクラスへと戻った。後ろで二人が首をかしげていたのは見なくても分かった。
クラスへ戻った十代に待っていたのは、自分の悲鳴だった。
「オレがヒロイン!?」 「そう。女子は皆、看板とかに回るから遊城くんは演劇のヒロイン。客受けよさそうだし?」
ご飯を食べながら演劇をみる、という提案らしいが、女子は看板や回りに行ってしまうので十代が演劇のヒロイン役に抜擢されてしまったのだ。ひらひらのドレスを着るのだと言われ、軽く目眩がした。
「嘘だろお…」 「あ、ヨハンくんのクラスは、ハニー、ダーリンらしいよ」 「ハニー、ダーリン?」 「そう。ゲームに勝つと、ダーリンことヨハンくんから愛の誓いを受けれるんだってさ!いいなあ!」
なんとも斬新な出し物である。十代は軽く笑って誤魔化したが、内心ではどくどくと脈うつ。
(ヨハンが、ダーリン…か)
少し前だったら、自分がハニーだったはずなのに。今じゃハニーでも、ダーリンでもない。友達でさえない。もう何も関係が無くなった、ただの赤の他人だ。
(ダーリン、)
君は誰をハニーに選ぶの。
ハニーはオレで充分だろ? ねえ、?ダーリン!
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