プラトニック | ナノ



もうそろそろ日が沈み、夜の帳が降りる頃屋上では、遊星と、先ほど電話を受けたジャック、二人だけがいた。サラサラと風が音を運ぶ。

「いきなりどうした?呼び出しなんて、珍しいな」
「どうしても、話しておきたいことがあるんだ」
「ほう?」

後ろに立つジャックは、金髪を靡かせては腕を組む。遊星は振り返り、しかとこの目で彼の姿を映した。

「オレは、ずっとジャックが好きだ」
「遊星…?」
「オレを諦めないで欲しい。ずっと、ずっと、オレだけに夢中になって欲しい。お前の存在全てがオレであって欲しい」

こんなの、醜いか?
そう問いかけた遊星に、ジャックは暫し目を瞬かせた後に、眉を寄せてクスリと笑った。それから、お前はバカだなぁ、と傍に寄る。

「そんなの、今でも夢中だ」
「だって諦めると…」
「押して駄目なら引いてみろ、と言うだろう?ただそれを試しただけだ。誰が諦めるものか」

ぎゅ、と強く抱きしめられ、思わず泣きそうになった。耳元で囁かれた愛の告白に、心地よくて、彼の背中に抱きついた。
そして見つめ合い、まるで磁石のように互いの唇が寄せられ口付けを交わす。その時にはもう、夜の帳が降りる直前であり、最後の最後まで二人を夕日は照らし続けた。ロマンチックな演出。それでも二人は幸せだった。



彼らが愛を確かめ合ったのと同時刻。十代といえば、レストランから出ると何とも偶然にヨハンと出くわした。しかし、ヨハンの隣にはあの彼女がいて。

「あ…十代くん…」

控えめに彼女が名前を呼ぶ。しかしそれに答えずに、横を通り過ぎた。

「十代!」

だが、それもヨハンの声に寄って遮られ、腕を強く握られた。痛い、声を出そうとしたのに、何故か震えていた。

「う、る、さい…っ」
「十代、最近変だぞ?」
「そうさせたのは誰だよ!」

彼女が居る前で、思わず叫んでしまい、我に返った十代は逃げるようにヨハンの腕を振り払い、走り出す。遠くでヨハンの声が聞こえた。なのに今は、その声を聞きたくなくて。

(痛い……、くるしい)

こんなにも胸が痛いのに。
こんなにも張り裂けそうなのに。
いつも思いは絡まって、届かない。届いて欲しい叫びが、心の中で飽和し続け、行き場を無くし、自分を締め付ける。どうにも出来ない感情にジタバタもがいても、今の十代にはその理由を知る感情が無かった。

(頼むから、も、やめてくれ)

苦しめないでくれ。もう、こんな思いをするのはこりごりだ。




次の日。昼休みに屋上に行くと、雨が降りそうな天気だった。だが十代はお構いなしに、フェンスの方へ行くとまた別の誰かが屋上を開けたのに気付く。振り返れば、ヨハンの姿。今日は彼女と一緒じゃないらしい。

「十代、」
「ヨハン…今日は彼女と一緒じゃないんだな」
「十代、オレは」
「ああ良い。別に、オレら、どうせお試し期間だったんだし」

彼の声が聞きたくなくて、何を言われるのか怖くて、声を遮るように紡ぐ。昨日みたく、胸がチクチク痛み出した。

「どうせっ…て、十代はオレが好きじゃないのか?」
「それはオレが聞きたい!」
「始めに言っただろ!?」

思わず声を荒げてしまう。落ち着こうにも声は、次々と嘘を吐く。

「ヨハンなんか嫌いだ…いっつも、オレばっかり、嫌な思いして…」
「嫌な思い?オレは十代に、そんな思いさせてなんか…」
「させてる!オレが好きとか言いながら、別の彼女とイチャイチャなんかして、見せつけか?どうせお試しだもんな、終わったっておかしくない。嫌いだ、ヨハンなんか嫌いだ」

嫌いだ、もう一度呟く十代に、ヨハンは酷く傷ついた顔をして首を左右に振った。そして小さく「分かった」とだけ言い、十代に背を向ける。

「終わりだ」
「…え?」
「恋人なんて終わりだ。いや、もう友人でさえ終わりだ。オレも十代なんか好きじゃないさ」
「ちがっ、ヨハ…」

名前を言い終わる前、振り返った最後の彼の顔。それは酷く、怖く見えた。

「十代なんか嫌いだ」

同じ言葉を返され、ヨハンは屋上を後にした。十代の伸ばした手が震える。何かを言いたげに口は開くけど、何を伝えたいのかさえ曖昧になった。
やがてどれぐらいそうして居ただろうか。ポツポツと雨が降って来て、大雨へと変わっていく。髪が濡れ、制服も濡れる。

「どう……しよ、う、」

やっと呟いた言葉は不安。
ぺたりと地面に尻をつくと、さ迷う手は自分の胸元を握った。

「どうしよう、お、れ…ヨハンにっ…」

嫌われた。
本当は仲直りがしたかったはずなのに、逆に彼を怒らしてしまった。雨に混じって涙が頬を伝う。ぽたぽた、ぽたぽた。

「ヨハン、ヨハン、ヨハン…っ」

なんでこんなにくるしいんだろう。大きく泣き叫ぶ声は、雨の音にかき消されてく。涙の海で溺れてしまいそうだ。酸素を求める呼吸もままならなくて、死にそうだ。今目の前に君が居たならば、酸素を奪ってやるのに。

「ヨハンっ…!」

必死に求めた声は、雨に混じって彼には届かない。






「どういうつもりですか」

ここは理科室。そこには遊星と遊馬、そしてヨハンの姿があった。放課後になり、ヨハンが帰ろうとすると教室前に、彼らが立っており、この理科室まで連行された。そして遊星からの一言に、「何が」という返事をかえす。

「とぼけんな!十代先輩、雨の中、屋上で倒れてたんだぞ!」
「十代が…?」
「ずっと譫言みたく、貴方の名前を呼んでたんです。先輩に何かしたんじゃないですか?」

何かした、というわけでは無い。言ってはしまったが。嘘を。その嘘が彼をここまで衰弱させてしまった。ヨハンは十代はどうしているかを聞くと、保健室で眠っているという。

「…ありがとうな」

ヨハンは一言、二人にそういうと走って理科室を飛び出した。遊馬は「次何かあったら許さねーからなー!」と叫んで彼を見送った。



まだこっちは喧嘩ちゅー。