プラトニック | ナノ



何だって良かった。振り向いてほしくて、自分だけを見てほしくて、目移りなんて、許せなくて。

「何するんだよ!!」

結局、自分の行為は、相手を困らした。
手に持つホースから流れる水が、花壇に水分を与え続ける。「あげすぎだよ」花は嫌そうに蕾を揺らした。



「ど、どうしよう遊星…」
「ああ…」

放課後の理科室には、慌てた様子の遊馬と無表情ではあるが、眉を寄せる遊星の姿があった。そして二人の目線の先には机に顔を伏せ、ブツブツと何かを呟く十代の姿。完璧に魂が抜かれているようだ。

「何があったんだろうな…。十代先輩らしくねーよ…」
「そうだな。…十代先輩、何があったんですか?」
「ヨハンが、」
「ヨハンが?」
「ヨハンが、怒った」
「え?」

遊星の質問に、呟くように、今までの事情を話した。
どうやら、担任に花壇の水やりを頼まれた十代は、裏庭にある花壇に水やりをしていたらしい。しかしそこで、ヨハンと朝方に話していた女の子が楽しそうに話していてそれにムカついた十代が、ホースの水を二人にかけたのだという。それで、「何するんだよ」と怒られた。
聞く限り、怒られて当然のことをしているようにしか聞こえない。

「あんな…怒らなくたっていいのに…しかも、オレより心配なのは、女子なんだぜ…ハンカチ貸したりとか…」
「それは、風邪引いたら大変だからじゃないですか?」
「……」

それでも、許せなかったのだ。やはり放課後の約束の相手は彼女で、しかも何だか楽しそうに話していたのが余計に、許せなかった。自分には内緒で会っていたのとか、自分より彼女ばかり心配してるのとか。

「こうなったら、オレも風邪、引いてやろうかな」
「バカは風邪引かねーんですよ!」
「それは遊馬、先輩をバカだと言いたいのか?」
「え、ち、違うぜ!!」

二人でワーワーと言い合っている間も、十代の脳内はヨハンが独り占め。ずるいな、と思った。今頃ヨハンは、彼女とデートにでも行ったのだろうか。自分だけ、こんな思いにさせておいて。

(サイテーな奴)

「おい遊馬」
「あ、シャーク。どうしたんだよ?」
「あのな…てめぇが理科室に来いっつったんだろうが」
「そうだっけ…。まあいいや!じゃあ、遊星に十代先輩、オレは帰ります!」

入り口前で、壁に寄りかかる凌牙の姿。遊馬はパァッとさっきより明るくなり、十代に頭を下げ、遊星に片手を上げると、恋人の元へ走って行く。歩き出した凌牙の隣に並ぶと、それはそれは楽しそうに、笑っていた。

「羨ましいよなあ。恋人と、帰りのデートとか…」
「したいんですか?」
「どうだろな、遊星は?」
「オレは別に…」

まず、デートとは何するのか分からない。十代もヨハンも男。男女ならば、映画行くだとか、ご飯食べるとか、デートと呼べるかもしれない。しかし男同士でそんなことをしたって、ただ遊んでいるようにしか感じないだろう。

「遊星、やはりここに居たか」
「!…ジャック、」

第三者の声に、二人が振り返った先にはジャックがプリントを片手にやってきた。ちらりと遊星を見れば、会いたくない、というような表情で一歩下がる。

「プリント、お前だけ提出してないらしいぞ。今日中だそうだ」
「あ、ああ…わざわざすまない」
「オレは渡すものは渡したからな。帰る」
「……ああ」

去っていくジャックに、渡されたプリントを強く握る。くしゃり、新品な紙は、すぐにボロボロへと変わってしまった。




夕方。遊星は帰ると言って、理科室を出て行った。十代も、そろそろ帰ろうかと渡された鍵を握る。椅子から立ち上がると、理科室の前を、喧嘩したヨハンと、彼女が歩いていくのが見えた。

「大丈夫だったか?」
「は、はい」
「制服も乾いたし、送るよ」
「えっ、良いんですか?」

(送るよ……だってさー)

何紳士ぶってんだよ、ばーか。
心の中で毒づいても、相手に届くわけじゃない。つまらない意地をはったって、何も伝わりはしない。分かっているのに、

「ヨハンなんか大嫌いだ」

通り過ぎた恋人へ投げかけた。もう駄目だな、と自嘲気味に笑い、そのまま小さくつぶやいた。






夕暮れが落ちていく頃。遊星は一人、手に花を持って歩いていた。いつもは毎日置かれていた花。だけど今はもう、この花を贈られることは無くなった。
ジャックは、遊星を好きだと言って、この花を贈り、愛を告白してくれていた。それに遊星は返さなかった。何も。だからだろう。ジャックは、自分を諦めると言って、花を贈らなくなった。好きだと言わなくなった。

「オレも、好き、なのに…」

遅すぎた答えは、今はもう、届かない。