小説 | ナノ


 サマーサマーサマー!



まるで空の中にいるようだ。雲ひとつない晴天の青空のもと、プカプカと浮いているようで心地良い。セミの鳴き声と、子供たちの声、ジリジリと照りつける太陽の日差しを浴びながら十代はこぼすように紡いだ。

「なんか良いことねーかなぁ…」






8月上旬。気温は三十℃を軽くこえ、あまりの暑さについつい冷房が効いた部屋に籠もりがちな季節である。学生である遊戯、十代、遊星、遊馬の四人は一年でもっとも長い夏休みを満喫している。…はずだったが、これといってやることはなく、何処かに行きたいわけでもなく暇を持て余していた。解放された学校のプールには人はほとんどおらず、遊戯たちの憩いの場となっていた。

「何か楽しいこと起きたりしねーかな?」
「十代さん、宿題は終わったんですか?」
「宿題は九月一日にやるって決めてる」
「それアウトじゃないですか」

夏休みに入って一週間も経たないうちに宿題を全てやり遂げ、ましてや次の始業式の準備が出来ている優等生の遊星と違い、十代は「休みに宿題なんてまっぴらだぜ!」と渡されたプリントの半数は何処かに埋もれているだろう。遊戯はコツコツとマイペースに宿題を終わらす方で、遊馬も最終日に泣き入るタイプだ。
夏はまだまだこれからだ。だが毎日同じ繰り返しでは飽きてきてしまう。何かちょっぴり刺激が欲しいものだ。

「遊馬くん大丈夫?さっきから空ばっかみてるけど」
「だるっビングだぜ…おれぇ…」

暫くかんかん照りの中にいたせいか、だるさを訴える遊馬は相変わらずプカプカと水の上をばた足して泳いでいた。
今日は帰って、また明日になったら何か計画を立てようということになり、四人はプールから上がり、服を着替えて解散した。

次の日。いつもの時間のいつもの学校プールの中に四人はいた。それぞれ何かやりたいことを上げていこうと言うことになり、遊戯から順に声を出す。

「んー海行きたいなぁ。沖縄とか」
「残りの休みを使って日本一周」
「祭りに行きたいな」
「俺!この地区全体で鬼ごっこしたい!他のみんなも集めてさ!」
「それいいな!」

遊馬の案に十代が乗る。確かに遊戯や十代などは旅行費がかかってしまうが、コストも抑えて楽しく出来そうだ。遊戯たちもこの広さでの鬼ごっこは楽しそうだと思い、まずはみんなを集めることから始めることにした。
暇そうな親友らに声をかけて、再び学校昇降口で待ち合わせをする。集まったメンバーは、海馬に城之内、万丈目にヨハン、ジャックにクロウ、そして凌牙とカイトだった。

「こんな炎天下に呼び出して鬼ごっこか。まったく子供だな」

そう腕を組んでいる海馬だが、ちゃっかり参加する気でここにいるわけで他のメンバーも暑いとは思ってはいるものの、何かをするわけでもないしちょっと大きな範囲での鬼ごっこも楽しそうだと参加してきたのに間違いはない。

「んじゃルール説明するね。ここの区内での鬼ごっこで、鬼は二人。鬼役はこの赤いたすきをかけて、捕まった人はそのたすきを渡してね。店の中や建物に入るのは禁止」
「んじゃ、分かれてじゃんけんしようぜ!」

遊戯と海馬と城之内、と三人でまずじゃんけんをして負けた四人のうち二人にしぼるようだ。最終的に残ったのは海馬とヨハンと遊星とカイトだ。

「いくぜー、じゃんけんほいっ!」

ヨハンのかけ声と共に四人は拳を振り上げ形をつくる。海馬はチョキ、ヨハンもチョキ、そして遊星とカイトがパーだ。

「マヨネーズとケチャップ添え…ぷっ」
「殺すぞ」

遊戯から渡されたたすきを肩にかけ、凌牙とカイトは相変わらずの喧嘩をしている。昇降口の前で振り返り、一分のカウントをする。それに残りのメンバーはすぐさま二人から離れて学校を飛び出した。


「ごじゅはち、ごじゅきゅ、一分…」
「…よしっ、探しに行くか」

二人が一分を数え終えて振り返ると、十人もいた仲間たちの姿は何処にも見当たらない。遊星は強く拳をにぎり、仲間を探しに校門を飛び出した。そんな中、カイトは学校からでることなく、校内を検索する。意外と広い範囲でみんな外に出たがるとは思ったが、こういうのは裏をかいて校内にいるに決まってるとふんでプール側の方にいくと見覚えの姿を発見した。

「くそマヨネーズ!」
「さっきは良くもマヨネーズとケチャップ添えとか抜かしてくれたな!」

はじめに見つけたのは凌牙だ。相手もこちらに気付いたようですぐさま校門に向かって走り出す。それに逃がすものかとカイトもあとを追う。

「もう少し速度落とせ!」
「んなことしたらテメーに捕まんだろーが!」
「いっそ捕まって遊馬でも追いかけろ!水辺のロマンだろ」
「ここ水辺じゃねーよ死ねマヨネーズ!」

走りながらも罵声は止めない二人が、住宅街の中をぐるぐると走り回っていた。

そんな二人から少し離れた住宅街の中を十代は歩いていた。いつ鬼がやってくるのか分からないので辺りを気にしながらほどなく進むと商店街にたどり着く。ほとんどの店はシャッターが降りていてやっている店は少ないせいか人通りもあまりない。

「しっかし暑いなぁ」

こんな中で走り続けていたら熱中症で倒れるかもなー。と考えながら後ろを振り返る。鬼はまだここまで来ていないようだ。

「あー、でも鬼に捕まりそうになった俺を遊戯さんが『僕が君を守る!』とかいって庇ってくれちゃったりしたらもーどうしよーきゃー!」
「僕が君を守る」
「へっ?」

一人で妄想モードになりながら乙女チックな展開を考えていると聞き慣れた低い声と肩に置かれた手。振り返ると満面な笑顔の遊星が「なーんって」とたすきを手に立っていた。

「…まじで?」

苦笑いしか浮かべられない十代が、鬼役になった。


一方、クロウはヨハンと共に行動をしていた。適当に道を抜けていくとキョロキョロと辺りを見渡すヨハンと遭遇し、どうやら方向音痴なおかげで現在地が分からないということで鬼に捕まらないように二人で歩いていた。

「アイス食いてー」
「だなぁ…これ終わったら奢れよ」
「なんで命令口調なんだよ」

たまにはいいじゃん奢れよ〜、というヨハンをよそに歩いていると前方から砂煙が上がっている錯覚に陥るほどのスピードでこちらに向かってくる何かを感知した。

「おい…」
「へへあ…」

明らかにこちらに向かってくるのは…、

「ヨハン死ねぇええええ」
「うわあああああ殺される!!」

何故かオッドアイをした十代だ。完璧にヨハン狙いのようですぐさま駆け出していくヨハンに、突っ立ったままのクロウを無視して通り過ぎる。何故死ねなのかはたぶん彼の後ろにいた悪魔の問題だろう。

「あれ、クロウさんだ!」
「おう。遊馬じゃねーか」
「鬼じゃない……よ、な?」
「んなわけあるか」
「さっきカイトの奴が気持ち悪い笑み浮かべてこっち来るから何事かと思ったら俺の肩叩いてたすき渡しやがって…!」

凌牙との走り合いはどうなったかは知らないが、鬼だという素性を隠して近付いてトラップ発動されてしまったおかげで遊馬が鬼になってしまったが、すぐ近くを通った万丈目を捕まえてバトンタッチしたらしい。

「じゃあ今んとこ、鬼は十代先輩と万丈目先輩ってわけか」
「遊戯さんが鬼になってたらどうしよう」
「そん時は一緒に土下座するか」
「うん」

二人は日陰の中を歩きながら、切実に遊戯が鬼にならないことを祈った。

そしてそのまた一方。路地裏には大きな壁を背に二人の男が一人の男においつめられていた。それは海馬とジャックだ。たまたま二人が入ったのが行き止まりで、引き返そうとしたとき、見事に万丈目に出口を封鎖されてしまった。

「さぁて…どちらが鬼になるかな?」
「おい、貴様キングなんだろう。ここは潔く鬼になったらどうだ」
「なにをいう。俺は元キングだ。それに貴様こそ潔く鬼になったらどうなんだ」

お互いに譲り合いをするかのように迫り来るたすきに息を飲む。このままでは確実にどちらかが餌食になるのは目に見えている。楽しそうな万丈目とは裏腹に、海馬はひとつの案を思いついた。

「あー!天上院明日香が水着姿で歩いてるー!」
「なに!?水着姿だと!」
「今のうちだ!」
「アッ、貴様ら〜!この俺様を騙したなぁ!」

海馬が指差す方向にある光景の誘惑に負けた万丈目が振り返ったすきに海馬とジャックは万丈目の横を通り過ぎる。地団駄を踏みながらたすきを加えて強く噛み締めて悔しさを紛らわした。


遊戯と城之内、そして遊星の三人はいつ鬼が来てもおかしくない状況でありながらのんびり話をしていた。

「暑いねぇ。これが終わったらみんなでプールで涼もうよ」
「そうですね」
「あっ、プールの中にジュースいれときゃ冷たくなるよな!あとで買っていくか!」

城之内くん全額払うの?男前だね!と相変わらずの腹黒さに何も返せない城之内がただ頷く。今月はピンチなんだけどな…と財布の中にある百円玉を数えて撃沈した。

「うん、よしっ、頑張って逃げ切るぞ」
「はいっ」
「勿論だっつーんだ!」

まだまだ彼らの鬼ごっこは終わらない。







夕日が沈みきり、夜の帳が下りた頃、彼らの鬼ごっこは終わりを告げる。最後にたすきを持っているのはヨハンと海馬だ。ヨハンはユベルに羽交い締めにされて十代に捕まり、海馬は万丈目からクロウに変わった鬼に追いやられてたすきをかけるはめになった。城之内が買ってきたペットボトルをプールに沈めると、服を脱いだみんなも一斉にプールへとダイブする。

「あー気持ちいいなぁ!」

流した汗を綺麗に洗い流してくれていて心地いい。夜空を見上げながら水の上を漂うとロマンチックな気分になってこの夜空に溶けてしまえば良いのにな、と思えてしまう。
冷えたジュースを飲みながら、また鬼ごっこをしようと約束をしてにこりと笑った。

「まだ夏休みは終わらないんだしね」

チリンと風鈴が涼しそうになっていた。






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