小説 | ナノ


 10



日が伸びて来た夕日が、窓を通り越して家の中に光を差し込む。緊張が孕む空気と、のんびりとコーヒーを啜る緩やかな空気が混ざり合う家の中で、ふいに十代と凌牙が見つめていたテレビではニュースがやっていた。この時間帯はどのチャンネルを変えてもニュースばかりだし、明日の天気を知りたかったのでちょうど良いと背もたれに深く寄りかかりながら最後の一口を飲み干した。

『明日は全国的に晴れるようです』

アナウンサーが画面に映し出される日本列島を見ながら「春の暖かさになるでしょう」と告げて頭を下げた。
天気予報を見終え、遊馬たちのデュエルも終わった頃、次に流れたニュースに十代は思わずテレビに釘付けになる。

『ええ、今、被害があった童実野中学の前におります。一時間程前、ここに通う男子生徒が見知らぬ男にナイフで刺されたということで…』

アナウンサーが居るのは、遊馬や凌牙が通う学校のすぐ前だ。部活終わりかで親と帰宅する生徒がアナウンサーのすぐ後ろを通っていく。
どうやら、帽子を被った男が童実野中学の生徒にナイフを向けて腕や腹などを刺して重傷になったということ。
遊馬もカードを取る手を止めて、思わずテレビに視線を向ける。だが十代が驚いたのはここではない、先ほど、チラッと映し出された犯人の顔。それが、

『えー、犯人と思われる葛原学容疑者は今も逃走中と見られ…』

あの葛原だったのだ。
ついこの間、刑務所から出ることが出来たというのに、今度は殺人を犯すつもりでいるというのか。
無意識に身体が震え、手に持つカップが大きく揺れる。

「……ご飯に、するか」

震えを誤魔化すようにソファーから立ち上がると、少しばかり覚束ない足取りでキッチンに向かう。凌牙は深く追求などはしなかったが、勘が良い彼には葛原と何かあることは筒抜けだ。

「葛原…って、確か、強姦をしていたかで捕まった人ですよね」
「ああ」

同じ学校に通い、十代やヨハンの傍に居た遊星も良く知る人物が映し出されて驚いているようだ。

「遊馬たちは童実野中学だろう?」
「は、はいっ」
「明日からは気をつけないとな」
「そうですね…」

画面から目を離した遊馬の林檎のような瞳は大きく揺れ、不安が伺える。カードをデッキに戻す仕草もなんだかぎこちない。
自分が通う学校で、あんなことがあれば怖いと思うのも当然だろう。不安が隠せないままでいる遊馬の耳に、電話の音が鳴り響いて大きく肩を震わす。十代がキッチンから離れ、出入り口付近にある受話器を取った。

「…大丈夫か?顔色が悪い」
「あ、ちょっと…怖くて…」
「無理もない。自分が通う学校で、あんな事件があったんだ」
「そういえば、犯人と遊星はお知り合いだったんですか?」
「いや、十代さんとヨハンさんと良く連んでた人だ」

遊星から見れば、普通に仲の良いトリオにしか見えず、葛原も誰かを貶めるような男には見えなかったそうだ。何度か十代たちに会いに行ったときも明るく挨拶をしてくれて「良い後輩持ってんなー」と肩を組んでいたぐらいだった。

「だけど、学校に警察が乗り込んで来て女子中学生などを脅して、強姦をした罪で逮捕されたんだが…ヨハンさんは凄くショックを受けていた」
「なんで強姦なんか…」
「それは本人しかわからない」

警察に囲まれている友人を見たヨハンは、悲しみの渦に巻き込まれて悔しそうに唇を噛んでいた。そんな酷いことをしていた親友を止めれなかった悔しさと、裏切られた悔しさに心を蝕んで行く。
変に因縁をつけて、二人に喧嘩をふっかける輩も多かったが、ほとんど数分でケリをつけてしまっていた。
そんな話をしている傍ら、十代がどうやら電話の話が終わったようだ。

「何だったんですか?」
「学校から。明日は休校にして、明後日からは保護者が登下校について来るようにってさ」

先ほどの事件があり、明日はやむを得ないが休校にし、明後日からは保護者が同行するようにとのお願いのようだ。今日の明日では生徒も怖いだろう。しかしいつまでも学校を休むわけにも行かないので保護者が同行をし、犯人から狙われないように配慮しなくてはならない。

「あ、っ」
「十代さん!?大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、指ちょびっと切っただけだから」

キッチンに再び立った十代だが、葛原の件で動揺しているのだろうか、手元を誤り包丁で人差し指を切ってしまったようだ。遊星がすぐに絆創膏を取り出し傷口へと巻く。

「サンキュー!」
「気をつけてくださいね」
「おー悪ぃ悪ぃ」

片手を上げながら笑っては見せるものの、何処か作り笑いなのはここに居る全員が分かってしまうほど分かりやすいもので。
遊星はまだ不安げにしていたが、それを見てみぬふりをしてか「何作ろうかなー」と呑気に鼻歌なんか歌っている。

「…なあ、凌牙」
「んだよ」

遊星も夕飯を作るのを手伝うと言ってキッチンに立ったのを見送りながら、遊馬は凌牙が座るソファーまでゆっくり歩くと隣に腰を下ろした。

「今日、凌牙の部屋に泊まって良いか?」
「はあ?」
「べ、別に怖いとかじゃねぇよ!?た、ただ、なんとなく、そう、なんとなく!」

明らかに墓穴を掘った発言だが、遊馬はなんとなくなのだと繰り返した。
勿論、凌牙は首を左右に振って拒否したが最終的には「怖いんだって!」と自白した。あんなことがあったので、一人では心細いらしい。何度も拒否し続けたが、服の裾を掴んで懇願し続ける。

「うるせぇな。てめぇはガキか」
「ガキじゃねーよ!!怖いじゃん何か!」
「俺は怖くねえ。あいつらの部屋に寝かせて貰えよ」

あいつら、と十代の方を指差すと、それに気づいた十代が苦笑いを浮かべて返事する。

「俺も怖くてヨハンの部屋に寝るから、凌牙しかいないな」
「てめぇ…」
「頼むよぉ」

身体を揺さぶられ、一発殴ってやろうと遊馬をみると、本当に怖いのか目尻に涙の粒を溜め、今にも零れ落ちそうだ。
さすがにそんな姿をされては殴る気も起きず少しばかり考えてからため息を吐く。

「…今日だけだぜ」
「本当か!?やっさしーなー」

ありがとうな!といいながら抱きついてくる遊馬に一喝しながらも、これも仕方ないとまたため息を吐いた。





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