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 晴 01



天を仰げば寒空が顔を出す。息を吐き出せば、白く空気に溶けていった。いつもと変わらぬ朝の通学路。十代はヨハンに耳当てを貰って、周りの音が微妙に聞こえてはいないが、遊馬の楽しそうな声だけはよく聞こえた。

「はー、そろそろ卒業かあ」

遊馬は怠そうに息を吐いて呟いた。その譫言は周りの三人をもため息を吐かせる。

「早いよなあ…」

続いてヨハンの言葉に、三人は小さく頷いた。そう、三人は来月、卒業をする。長かったようで短い三年間はあっという間で、大半は楽しかった事で溢れている。ドキドキの中、桜を踏みしめて歩いた通学路も、今ではなにも感じやしない。

「遊馬と凌牙はどーすんだ?」

十代の些細な質問に、二人は顔を見合わせる。

「俺はとりあえず就職…かな。いつまでも十代の家にお世話になるわけいかないし」
「俺も就職だな。別に進学なんてしなくても良い」

遊馬は、はじめから十代の家の子、というわけでは無かった。高校入学してから仲良くしていくうちに、遊馬が「少しの間で良いから泊めてくれ」と頼み込んできた。もともと十代の両親は帰ってくる日は無かったので、快く彼を受け入れていたが、だんだん生活していくうちに、遊馬も居心地が良かったのだろう。「住ませてくれ」というと、十代は素直に頷いた。
それから二年近く、遊馬は十代の家にお世話になっているのだが、もう十代の家に居続けるのも悪いと、就職をしてきちんと住もうと思っているらしい。

「別に、うちに居たっていいぜ?俺も寂しくないし」
「う、うーん…でも、甘えるのも嫌だからさ。自立したいんだ」
「まあ、そういう意志を持つことは大事だよな」

ヨハンの言葉に、遊馬は頷いたが、十代はこれと言って浮かれない顔。二年近くも一緒に生活していれば、それは離れがたいもの。居候とした身であるから、当然、こうなることも分かっていた。だがやはり、少し納得できない自分もいて。

「ヨハンは?」
「あー、俺、あっちの大学に誘われててさ…」

あっち、とはヨハンの母国の外国を示しているんだろう。それを聞いた途端、十代は余計に眉を寄せた。

「受けるのか?」
「一応な。プロデュエリスト育成みたいなところだったし」
「…」

ヨハンのような才能であれば、大学の受験なんて二百%の確率で受かるだろう。そうなれば四年近く、それ以上の期間、ヨハンには会えない。

「…みんな、離れてくな」
「十代?」
「うぅん、別に」

遊馬も自立をするために就職し、凌牙もきっと遊馬と住む為かに就職し、ヨハンは外国でプロデュエリストを目指す。それぞれ目標がある中、十代はいまだに迷っていた。大学の受験はまず無いだろうと受けていなかったし、就職もそれといってやりたいものがない。目標がひとつもないのだ。

「…やりたいこと、か」

出来れば遊馬にもヨハンにもどこか遠くへ行ってほしくない。もちろん凌牙だって。しかし、自分で決めている未来を、彼が否定することも出来ず、ただ自分だけ置き去りを食らったかのようだ。

「そっ、か…ヨハンは外国か」
「ああ…。で、十だ…」
「別に!…別に、寂しくなんかないぜ。なんなら夢の為に別れる覚悟だって出来てる」

ヨハンの言葉を遮り、十代といえば不吉なことを口にする。ちょっとした強がりなのかもしれない。

「十代、なにを言って…」
「だって四年近くも別れるんだぜ?もしかしたら、良い人と出会って…」
「…!!十代!俺がそんな奴に見えるのか!?」
「……」

無言になった十代に、ヨハンは少し怒りが満ちた顔で「もういい!」と走って先を行ってしまった。いきなり険悪なムードになった二人に、戸惑いを隠せない遊馬は十代と去って行ったヨハンを交互に見比べる。

「い、今のは十代が悪いって…」
「…分かってる」

ちょっと子供っぽい発言や態度をしていたのは自覚している。が、やはり自分を置いて勝手に結論を出していたヨハンに、やるせない気持ちが募る。

「分かってるんだ…」

もう一度、自分に言い聞かせるように十代は俯いた。


それから学校に着くと、まだ寒いのかカタカタ震えるものの喧嘩してるからか、ヨハンからの声はない。いつも寒そうにすると心配してくれたり声をかけるのだが、今日は他の友人と楽しそうに話している。

「十代死にそう」
「しなねーよ」
「声かけて…」

さすがにこのままでは、大変なことになるかと遊馬が声をかけようと席を立つと、それを凌牙の腕が遮った。

「行かなくて良い」
「な、なんでだよっ。十代が…」
「大丈夫だ」

凌牙の視線は、ふとヨハンに向いた。その後を追うように辿ると、そこには友人と話しながらも、チラチラと十代を気にかけているヨハンの姿がある。

「少ししたら、声かけるだろ」
「あー、そうかもな」

辛そうなのはお互い。遊馬は素直に椅子に座り頬杖をつくと明後日の方向を見て、ぼんやりと呟く。

「卒業したくねーな…」
「なんでだよ」
「このままが良い。確かに仕事して、家を出て、シャークとは住みたい。だけどそれまでシャークに会えないし、二人にも会えないと辛いなーって」

働いてすぐに凌牙と住める、というわけではなく、それには貯金をしなくてはいけないし、それまで仕事で忙しくて三人にはこのように気軽に会えない。ましてや恋人である彼に会えないとなると、気が狂いそうだ。

「なーぁ。毎日電話して良い?」
「ああ」
「金曜日は泊まりに行って良い?」
「ああ」
「たまにデートして良い?」
「ああ」
「チューして良い?」
「馬鹿か」

ちぇっ、と頬を膨らませるとすぐに視線を凌牙を真っ直ぐみつめる。

「…んだよ」
「なーんでもねーよ」
「アホ面が」
「なんだとー!」

椅子から立ち上がり、相変わらず遊馬の一方的な文句を繰り広げる二人の空間を見つめていた十代は、小さくため息をついていた。

(あー…寒い…)

いつもより厚着をしてきたつもりだが、昨晩雪が降ったせいかまだまだ寒い。ストーブは節電といってつけては居ないし、十代にとっては地獄だ。
身体を小さく震わせながら、机に伏せる。少し動かそうと、足をブラブラとさせたりするが、全く効果はない。動く気力がなくなり、どうするか迷っていると、声がした。

「…な、に」

他の友人だと思い、もぞもぞと身体を動かして目線だけ上に向かせると、そこには飽きれたような顔をするヨハンがいた。

「…保健室、行くぞ」

少し強がりな自分が、首を左右に振ろうとしたが、保健室の暖かさの誘惑に負けて素直に頷いた。

「起き上がれるか?」
「へ、へーき。一人でいける…」
「嘘つけ。フラフラなくせに」

まるで生まれたばかりの小鹿のように、覚束ない足取りで歩こうとしたのだが、フラフラと目眩までして来たのか、倒れ込む十代をヨハンが支える。

「ほら言わんこっちゃない」
「……」
「行くぞ」
「…おう」

何も返すことが出来ず、いつものように支えられながら教室を出ていく。それを見送った遊馬は、安堵した。

(ま、あの二人なら仲直りできるか)



今日は風邪で休む先生も多く、保険医もその中の一人。ガラリとした保健室は、誰が来ても良いように暖房がつけられている。生徒は寒い中、暖房も無くて頑張って勉強しているのに先生たちは薄情なものだと思いながらベッドに誘導した。

「とりあえず、寝とけ」
「うぅん…」
「ほら」

母のように指示するヨハンに、素直に頷いてベッドに入ると布団を被る。何気なく、ヨハンはこのまま授業に戻ってしまうのかと、無意識に不安げな表情する。長年連れ添った仲だ。傍に居て欲しいんだろうとヨハンはベッドに座り、優しく十代の頭を撫でた。

「後で、担任に交渉してみるよ」
「何、を?」
「ストーブのこと。教室が暖かくないと、授業受けらんないだろ?ここ毎日、一限目に出れてないし」

確かにそうだ。好きでこの体質になったわけではないが、極度の寒がりなおかげで一限目はここ二週間近く出れていない。二限目からは身体が暖って、耐久することは可能なのだが、やはり寒がりには朝の凍える寒さというのは、全裸で雪の上を転がっているようなもの。教室は特に隙間風や、わざとドアを開けたりする者がいて決して暖かくはない。

「でも、俺のワガママで迷惑なんかかけたくないし…」
「こればかりは仕方ないだろ?それに、クラスの奴らはストーブ使えることに喜ぶと思うぜ」

十代の事情よりも、彼、彼女らクラスメートは皆、ストーブが使えることにまず喜ぶだろう。それに、十代の極度の寒がりというのは担任も知っているので許しは簡単に出そうだ。

「とりあえず寝ろ」
「…うん」
「おやすみ」
「おや、…すみ」

あ、謝るの忘れた。と気付いたのは遅く、五秒で夢の中にダイブした十代は幸せそうに笑みを浮かべていた。










次で、終わらせます…





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