小説 | ナノ


 04



助けなくて良い、と確かにあの時言った。なのに気付けば、彼は自分を庇うように敵の前に立ち、殴られる。

(も、やめてくれ、)

動かない足が、朧気な視界が憎い。こんなに弱い自分が、一番憎かった。相手は余裕な笑みを見せて、彼を殴る。ただ、ひたすら殴る。

(も、もう…、もう、)
「やめてくれええええぇ!!」



凌牙と遊馬が同時に駆け出し、襲い来る敵に向かって拳を振り上げた。最初は両者引かぬ喧嘩ではあったが、途中、先に倒れた遊馬を相手はリンチし出す。それに気付いた凌牙が、遊馬を庇うように前に立ち、ひたすら殴られ続けた。
助けなくて良い、と遊馬は言った。喧嘩なんてした事はないから、勝てるか曖昧であったし、凌牙には迷惑をかけたくないから。だから助けなくて良いと言ったのに、今では自分の為に、敵に殴られ続けている。このままでは死んでしまうかもしれない。

「や…、」

凌牙は殴り返す力が無いのか、だらりと下がったまま。鈍い音が鳴り続ける。必死に遊馬は叫んだ。

「やめてくれええええぇ!!」
「はは、どんなに叫んでも助けなんざこねーよ」

涙を浮かべた視界の中、遊馬は必死に立ち上がろうと腰を上げる。それと同時に、凌牙の声が遮る。

「立ち上がんな!!」
「な…ん、」

なんで。と口に出そうとした遊馬に、また別の音が遮った。人が呻く声と、砂に倒れる音。

「うちの子、離してくれる?」
「んだよテメェら」
「あ……」

聞き覚えのある声に、必死に目を擦って見上げる。そこには確かに、

「ヨハンさん、十代さん…」

その二人の姿があった。周りの奴は、眉間に皺を寄せて睨みつける。

「あ?んだよテメェら」

どうやらここに居る全員が、二人の事を知らないようで、十代は何故か安心したように息を吐いた。

「少しバレたらマズいからな」
「ああ。やめさせられるかも」

苦笑いを浮かべながらも、しっかり首を慣らし、腕を鳴らす。男が凌牙を離す。周りの男たちはヨハンと十代を完全に囲みきってしまった。

「ヨハンさん、十代さんっ」
「大丈夫大丈夫!遊馬は、そこで凌牙でも抑えとけよー」

呑気に手なんか上げているヨハンに、短気なリーダーは舌打ちをした。

「なんなんだァ?学生がこんなところに何の用だ」
「学生?悪いな、生憎俺たち、あいつの親なんだ」
「親ァ?学生同士で親ごっこかよ」

声を上げてゲラゲラと汚い笑い方に、逆に十代の方がイライラしてきたのか、こめかみに血管が浮き出てきそうだ。

「俺たち、これでも成人してるんだ」
「嘘言うなよ?女みたいな顔しやがってよぉ」

十代に伸ばしてくる腕を掴むと、そのまま背負い投げをかます。地面に倒れた男の腹に足を乗せると、手で相手を誘う。

「ほら?来てみろよ」
「俺たちが全員相手してやる」

男たちがにじりよる。それに二人は顔を見合わせると、にこりと笑って襲い来る敵を簡単に避け、殴り、地面に屍を積み上げていった。見た目によらず容赦がない二人に、ただただ遊馬と凌牙は唖然とするだけ。数分も経たないうちに、十人もの人間をたった二人で倒してしまった。負け犬の遠吠えごとく「覚えていろよぉ」と叫ぶ男たちを見送って、ヨハンと十代は手を合わせた。

「さすが十代。簡単だったな」
「それはヨハンもだろ?しっかし、久々に暴れたな。高校以来かもしんない」
「だな。毎日が喧嘩だったもんな」
「荒れてたから仕方ない」

歓喜に浸り昔の記憶に浸る二人を背に、遊馬は何も言葉を出すことが出来なかった。こんなボロボロになったというのに、二人はほとんど無傷だ。自分がもう少し強ければ、凌牙をこんな酷い目に遭わせずに済んだのでは無いかと俯く。

「っと、凌牙を運ばないとな。遊馬も立てるか?」
「は……い…」

ゆっくりと立ち上がる遊馬に、ヨハンの背に乗る凌牙。何処か悔しそうに唇を噛み締めていて、遊馬はただ一人、自分を責めた。自分の無力さが仇となり、彼をボロボロにさせた。彼がいうとうり、あの場所に居なければ彼は勝てたのかもしれない。
だけど、遊馬にはあの場で一人にさせるなんて出来なかった。ただ一人、戦場に仲間を置いて行くなど、出来なかった。

「ごめんなさい…」

自然と頬に涙が伝う。十代に背負って貰いながら、遊馬ただ謝罪の言葉を口にした。

「ごめんなさい…ごめんなさい、」
「遊馬が悪いわけじゃないんだ。謝る必要なんてない」
「でも、俺のせいで、いっぱい怪我、させちゃったし、凌牙、とか、迷惑かけちゃったし、」

零すように紡ぐ声。とりあえず近くに置いてあった車に二人を乗せると、気まずそうに目を合わせなかった。
ヨハンたちの家に着き、まずは風呂に入って来いと二人を風呂場に追いやった。

「…ごめん」
「……」
「俺のせいで…」
「……」

何も喋らない凌牙に、怒っているのかと思ったが、顔を覗いてみると無表情で服を脱いでいく。

「余計な、お節介…だったよな…」
「…別に、気にしてねぇよ」
「本当に?」
「ああ」

その答えを聞けただけで安心したのか、小さく息を吐く。
正直のところ、凌牙は混乱しているのだ、自分に。いつもの自分なら、遊馬を見捨てることだって出来たはず。それに彼は「助けなく良い」と自ら言った。だから彼が誰かに殴られようと、見てみぬフリが出来るはず。なのに出来なかったのだ。彼が殴られるのは、どうしてか自分が嫌な気分になる。助けたいと思った。助けなくてはならないのだと、脳が解釈をした。
風呂に二人で入り、出てくると時刻はそろそろ十二時を越す。
凌牙は十代に、遊馬はヨハンに手当てをして貰う。途中、痛そうに鼻を押さえる遊馬に、ヨハンは「あちゃー」と声を零した。

「折れちゃいないが、打撲だな。青紫になってる。痛いだろ?」
「はい…」

最初に、男から顔面を殴られた時だろう。折れているよりかはマシだが、相当痛いのか、眉を寄せたり上げたり、痛みをやり過ごしている。

「他にも打撲とかはあるけど、何処も折れてないぜ」
「ヨハンさん達、手当てとか上手いですよね。整骨院とかで働いてたんですか?」
「違う違う。俺たちが行ってた高校が荒れててさ、四六時中喧嘩って感じだったんだよ。それで俺らも喧嘩に巻き込まれてたから、自然と身についたんだろうな」

好きで行った高校では無いのだが、二人が近場で良いやと決めた高校は、運が悪いことに不良の集まる学校で、授業中でも、昼休みでも、必ず何処かしらで殴り合いの喧嘩が勃発していた。ほとんどが喧嘩したい奴だったのか、喧嘩しているのを見つけると飛び込むように輪に入っていく。二人も勿論例外ではなく、喧嘩に巻き込まれたりして、怪我をすれば自分で手当てするうちに身についてしまったようだ。

「あれは酷かったよなぁ。肩ぶつかっただけで殴られるし、目が合ったらすぐ喧嘩だったし」
「そうそう。授業中でも真面目に勉強してたら昼休みに呼び出されて、優等生って殴ってくるし。俺と十代なんか、良く喧嘩売られてたな」

二人は容姿端麗。周りの不良たちはそんな二人が羨ましかったのかもしれない。
だが何故だか二人は元から喧嘩の素質があったのか、高校生活の三年間、一度も負けたことがない。周りからは最強コンビだといわれて居たものだ。

「もう日付変わっちゃったな。遊馬、泊まって行くか?」
「あ、でも悪いです…」
「こっちは構わないぜ」

暫く悩んだあと遊馬は小さく頷いた。

「じゃあ…泊まって行きます」
「ん、もう遅いし部屋に行くか。まだ明日も学校だろ?」
「はい」

まだまだ学校は始まったばかり。この怪我では行けないかもしれないな、とは思ったが、ヨハンと十代は敢えて何も言わず、朝の様子を見ることにした。




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