小説 | ナノ


 03



初恋の相手、というのは一応凌牙にも居た。それはつい最近のようで昔。凌牙があの裏庭で花壇に水やりを始めた頃、顔は朧気だが誰かが花の前に立って水やりをしていた。その時、凌牙の意識は花ではなく、その『誰か』に向けられた。花よりも可憐で、何処かの漫画のようにその愛らしい姿に見とれたものだ。いうならば一目惚れをしたのだ。しかしそれから、『誰か』は花壇には来なくなった。だから凌牙はこの花たちを枯らさないように、水やりが日課となっていく。またいつか、その人がこの花を見てくれるように。




絆創膏を買って家に戻ると、腕に出来た傷に消毒液を垂らす。未だにこのジクジクとくる痛みには慣れず、顔を歪めると治療をする十代は笑う。

「いっぱい消毒液つけてやる」
「鬼だな」
「お前ぐらいの歳なら、唾でもつけときゃ治るだろ。ほら、包帯貸して」

テーブルにある包帯を手渡すと、傷口から大きく丁寧に巻いて行く。慣れているものだと思いながら、治療が終わると十代はエプロンに着替えて夕飯に取りかかる。ヨハンといえば、何かアンケート用紙に書き込んでいるようだ。

「デュエルの心得…か…うーん」
「やっぱ楽しむことだろ」
「だよな。デュエルは勝ち負けじゃなくて、まず楽しむことが一番だよな、うん」

十代の言葉を助言にしてか、スラスラとペンを走らせていく。プロデュエリストへのアンケート用紙みたいだが、一体これを書いて誰が得をするのか分からない。

「あ、十代にもアンケートあるぜ」
「なんで俺に?」
「一時活動休止について、知りたいんじゃないのか?」
「まあ何だっていいけどな」

ヨハンが、自分が書いているのとは別の紙を出した。そこには、『一時活動休止をして、何をするんですか?』や『これからはどうしていくつもりですか?』など上から下までびっちり埋まっている。
どうやら、来週生放送されるデュエルトーナメントに十代も参加するはずだったのだが、その前に活動を一時休止してしまったので、アンケートだけでも取りたいとのことだった。

「デュエルトーナメントって、確か生放送だったっけ?」
「ああ。だから帰りは少し遅くなると思う。日付が変わる前には帰ってくるから」
「あまり無理するなよ」

今や、デュエルだけではなく俳優までやり遂げてしまうヨハンは、あちこちに引っ張りだこ。あまり長くなりそうな収録は避け、なるべくは家に帰ることにしている。
少しすると今日はシチューらしく、暖かな匂いを立たせて目の前に置かれる。
十代は、ヨハンからアンケート用紙を受け取るとスプーンを片手に質問を確認しているようだ。

「いつ提出?」
「放送日まで」
「ん、了解」

横に紙を置くと、頂きまーす、と手を合わせてシチューを口に運ぶ。凌牙も同じようにシチューにスプーンを垂らす。ここ二日ぐらいで思ったのだが、男にしては家事をこんなに簡単にこなし、料理のおいしさ。花嫁修行でもしたのかと一瞬思う。
切れた口元を庇いながら、ゆっくりとシチューを食べ終わると「外に行ってくる」と席を立った。

「こんな時間に?」
「ああ」
「九時までには帰って来いよ」

あっさり承諾されたので、逆にこっちが驚いたが何も言わずに外へと飛び出す。すると、隣の家から声がした。

「こんな時間に何処行くんだ?」

二階の窓から顔を出していた遊馬が、こちらを見下ろす。しかし、それを無視して歩き出すと、遠くからバイクの音。それはけたたましく住宅街に響き渡る。

「な…なんだ?」
「……っ」
「あ、何処行くんだよ!?」

凌牙は何かを見つけたように、音が鳴っている方向とは逆に走り出す。それに遊馬が慌てて一階に降りて玄関を飛び出すと、バイクが何台か目の前を通り過ぎた。明らかに暴走族で、顔に刺青を入れている男たちが金属バットを片手に持っていた。

「…凌牙っ」

十代たちに知らせるべきか迷ったが、今は凌牙の身が心配で、後を追うようにして走り出した。




時刻は静けさに包まれる十時。ヨハンたちはリビングで凌牙の帰りを待っていたが、未だに帰ってくる様子は無い。あのまま外に出て、帰って来ないつもりなのか。

「十時…か」
「帰って来ないな。携帯にも繋がらないし」
「十代、やっぱり探しに行こうぜ。もしもの事があったら大変だ」
「そ、うだな。車出してくれるか?」
「ああっ」

すぐに車のキーを片手に車庫へ向かうヨハンに、十代も近くにあった羽織りを着て外へと出た。



「やめろよ!」

一方、凌牙の後を追っていた遊馬は、人気のない公園にたどり着いた。そこには先ほどの暴走族が凌牙の胸ぐらを掴んでいて、今にも殴りかかろうとしている。

「あァ?誰だコイツ」
「テメェの知り合いかよ凌牙くん?」

バイクでみた時は四人ぐらいだったのに、今は十人に増えている。遊馬は凌牙の胸ぐらを掴んでいる男の腕を掴むと、無理やり引き剥がした。

「なんなんだよお前ら」
「テメェこそ何だよ。どけクソチビ」
「ち…チビじゃねーよ!とにかく、十対一なんて卑怯だろ!」

暴走族のリーダーらしき男が、イラついたように眉をしかめる。それから容赦なく遊馬の顔面に拳を突きいれた。

「おい!」
「う…」
「コイツは関係ねぇよ、俺に用があんだろ」

凌牙の中に倒れ込んだ遊馬は、小さく唸りながら殴られた鼻を押さえている。運が悪ければ骨折しているだろう。倒れないように肩を支えると、凌牙は周りを睨みつける。

「そーだよ、テメェ、前に俺の部下、こてんぱにしちゃったらしーじゃないの」
「あれは、アイツらが喧嘩を売って来たんだろ」

数日前、この暴走族の下っ端が、たまたま凌牙にちょっかいを出してこてんぱにされた。それの仕返しか、ここずっと暴走族たちに追われていたのだ。

「まぁ、今俺らもイライラしちゃってるからさぁ?一発殴らせろよ」

また男が拳を振り上げた。それを上手く避けると、遊馬に声をかける。

「テメェはもう帰れ」
「い、…や、だ」
「っ。迷惑なんだよ!帰れ!!」
「こんな状況で置いてけるかよ!」

まだ痛む鼻を押さえながら、少しよろけながらも凌牙の隣に立つ。

「助けなくて良い。これは、俺が勝手にやってる事だ」
「テメェ…」
「おい!!何ごちゃごちゃ喋ってんだよ!テメェら、いくぞ!」

暴走族のリーダーが、大きく声を張った。まるで犬の遠吠えかのように周りの男たちが吠える。こちらに駆け出す姿は、狂犬だ。対抗するように、二人も駆け出した。




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