小説 | ナノ


 02



「お前、あの二人と仲良いな」

男の料理とは思えない程のおかずに舌鼓をしていると、凌牙は何となく思った疑問を口にした。

「まあ、家隣だし」
「……」
「うちさ、両親居ないんだよ。だから俺にとっての親は、ヨハンさんと十代さんなんだ」

小さい頃から、親は探検家で家を開けていた。姉は友人のところに住んでいて、たまにしか帰って来ない。叔母は家に居るが、体も動かなくなり、ほとんど寝たきり。学校ではそれなりに友人も居て楽しいのだが、やはり帰ると一人ぼっちになったようで寂しかった。

「そん時に、隣に居たヨハンさんと十代さんが、好きな時に家に来いって言ってくれたんだ。昼は仕事で忙しいから、夕飯でも食べに来いって」
「……」
「だから今、俺は寂しくないぜ」

お前にも会えたしな!と空になった弁当箱を袋につめる。今では、十代がプロデュエリストとしての仕事を一時休止し、どの時間帯に来ても良いと言われて、遠慮なくお邪魔している。

「十代さん、お前が来るからって、大好きなデュエルを一時休止してるんだぜ」
「んだよそれ」
「だって、二人が仕事してちゃ家に帰っても誰も居ないし、結局一人にさせるだろ?家でちゃんと待っててあげたいんだってさ」

そこまでして、自分を待つ理由が見当たらない。仕事をしたければすれば良いし、一人には慣れているから帰って来なくても問題は無い。凌牙は誰かに優しくされるのは慣れて居なかった。今まで長い時間、家でも学校でも親切にされた事はない。誰かとこうして昼ご飯を食べるのだって、学校に入ってはじめてのことだ。

「あ、予鈴」

いつの間にか鳴り響くチャイムに、凌牙も食べ終わった弁当箱を袋に詰める。昼休みがこんなに早いと思ったのも、たぶん初めてだ。
遊馬と別れて教室へ戻り、またいつもどうりの午後がやってくる。お腹が満たされたせいか、眠気はあっという間に訪れた。


授業が終わったと同時に、凌牙は鞄を背負って教室を出て行く。足先は家路の方角ではなく、学校の裏庭だ。人気のないここにあるのは花。それに水やりをするのが凌牙の日課になっていた。花なんて似合わないのだが、喧嘩を売られたとき、この裏庭まで来たことがあった。そのときに咲いていたこの花たちに、何となく惹かれただけ。だけど、たぶん最終的にこれが日課になったのは…。

「お、居た居た」
「あの神代凌牙が、花に水やりかよっ」

そこに現れたのは、三年の先輩達だった。四人ほど、ズボンのポケットに手を突っ込みながら意気揚々としてこちらに向かってくる。

「けっ、いっちょ前に無視かよ」

少し大柄な男が、凌牙の髪を引っ張る。それに何か抵抗をするわけではなく、ただ相手を睨みつける。それが気にくわなかったのか、思いっきり凌牙の頬に重たい拳を振り上げた。

「何調子こいてんだか知らねーが、てめぇが一番強いとか認めてねぇからな」
「どうせてめぇなんて」

男たちの話を受け流していたが、ふいに一人の男が「こんなもの」と花を踏み潰した。

「…どけ」
「ああ?」
「どけっつってんだよ!!」

怒りに満ちた顔で、凌牙は一人の男を殴った。それから本格的に殴り合いが始まり、両者一歩も引かぬ戦いになったが、騒ぎを聞きつけた教師たちが裏庭にやってくる。

「凌牙っ」

そこには遊馬もいて、殴られている凌牙を庇うように男たちの前に立ちふさがった。教師が男たちを止めたので殴られることは無かったが、血だらけの凌牙に遊馬はただ眉を寄せるだけだった。



「ご迷惑をおかけしました」

もう夕日は地平線へ姿を消し、夜の帳が降りてきた頃。職員室では、凌牙と、頭を下げる十代の姿があった。職員室の前にはまだ帰って居なかった女子たちが、黄色い悲鳴を上げて十代を観ている。

「今後、気をつけてください…て、これを言うのも何度目ですかね」
「すいません」

教師の呆れた声に、十代はただ頭を下げるだけ。悔しいのは、何か問題がある度に教師は家に連絡を入れる。これは自分の問題であって、十代や遊馬には関係が無いことだ。連帯責任にはしないで欲しいものだ。

「行こうか」

歩き出した十代の後ろを、凌牙と遊馬が追う。職員室から出るとキャーキャーと騒がしい女子の声にイラついて睨みつけると、すぐに静かになった。

「遊馬は怪我してないか?」
「うん…」
「凌牙は帰ってから治療だな。救急箱どこにあったっけなー」

呑気に救急箱の行方など考えている十代に、何か言うことも出来ずに小さく舌打ちをした。今までの場合、皆して呆れ、嫌そうに顔をしかめるだけ。だが十代は、何か呆れるわけでなく、今までどうり、接してくれる。

「十代さん、こいつは悪くないっ!悪いのはアイツらで…」
「分かってる。俺は別に凌牙を悪くなんて思ってないぜ」

慰めるように、遊馬の頭を撫でると悔しそうに唇を噛んだ。遊馬はこれと言って悪いわけでもないのだが、まるで自分の事かのように凌牙を心配し、庇ってくれる。

「俺なんかに、もう構うな」
「嫌だ」
「お前まで怪我するぞ?」
「俺は、俺の意志で動く。たとえどんなに嫌がっても、俺はお前から離れない」

どうしてそこまで自分に構うのか。本音を言うなら、遊馬には怪我をして貰いたくないのだ。自分のせいで誰かが怪我をするのは見たくない。

「あ。ヨハンだ」

校舎を出ると、校門の近くでこちらに手を振っているヨハンが見えた。

「よ、凌牙がやんちゃしたってから迎えに来たぜ」
「顔酷いぞ?」
「仕方ないだろ、十代から連絡受けてすぐに来たんだから」

ボロボロの凌牙をみて、ヨハンはくしゃくしゃと凌牙の髪を撫でた。

「やんちゃもほどほどにな」
「家に絆創膏とかあったっけ?」
「あ、切らしてる」
「じゃあ薬局寄って行かないとな」

運転席に乗り込むヨハンに、十代は二人へと向き直る。

「薬局寄ってくけど良いか?」
「あ、俺、帰って婆ちゃんにご飯食べさせないといけないんで、このまま帰ります」
「そっか。悪かったな、ここまでつき合わせちゃって」
「全然大丈夫です。じゃ、また明日な」

凌牙に手を振ると、暗い道を走って行ってしまう。完全に彼の姿が見えなくなるまで見送ると、凌牙も後ろに乗るように言われ、無言でドアを開いた。

「えーっと、薬局はこっちだっけ?」
「バカ。そっちはスーパーの方」
「そうだっけ」
「俺が運転しようか?」

呆れたような十代の声に、ヨハンは苦笑いを浮かべて頷くだけだった。




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