小説 | ナノ


 01



テーブルの上に広げられるカード。水が流れる音。緊張した声の、ラストターン。テーブル近くにあるソファーに座って遊馬たちのデュエルを見ていた凌牙だったが、昼下がりの日差しに睡魔に襲われた。うとうととし出したとき、「負けたあ!」という遊馬の声に意識を現実に向けられる。

「さすがヨハンさん。全くライフ削れなかったぜ…」
「いや、でもあのコンボはきいたぜ?まさかあぁくるとはな…」

どうやら遊馬が負けたらしく、二人はさっきの白熱したデュエルを振り返って、反省会に似たものを話し合う。ヨハンの的確なアドバイスに、遊馬は頷くばかりで。興味が無さそうにフカフカなソファーの背もたれに寄りかかると、洗いものが終わった十代がマグカップを片手に凌牙の隣に座る。

「……」
「親に向かって睨みつけるは無いだろ」
「親っていう年齢じゃねぇだろ」

見るからには十九ぐらいだ。実際、テレビも見ないから二人の実年齢は知らないが、十九ぐらいでは親とは呼べないな、と考えていたが、十代はおかしそうに笑っている。

「俺のこと、いくつだと思ってる?」
「十九」
「まだ十代に見えるかー。俺らもう二十七だぜ?」

二十七では一応親と言えば親ではある。が、どう角度を変えても十代後半にしか見えない。世の女性たちに秘訣でも教えてやって貰いたいものだ。

「そんな気ィ張ってんなよ」
「うるせぇ」
「たらい回しにあって、俺らもどうせ手放すとか思ってんだろ?」

図星だったか、何も言わなくなった凌牙に十代は頭を優しく撫でた。

「もう次は無いと思え」
「?」
「一生、ここで生きてくんだからな」

その清々しいぐらいの笑顔に、一瞬たじろぐがすぐに手を払いのけた。

「嘘を言うな」
「俺は嘘は言わない」
「俺に構うな」

いたたまれなくなったのか、凌牙は十代の顔を見ずにリビングを後にした。そのまま与えられた部屋に戻り、ベッドへと倒れ込む。映り込んだ天井と意味もないにらめっこを繰り広げ、そのまま目を瞑る。
今まで、親戚に預けられるという時はその家族内に染められない事を考えて来た。どうせ捨てられてしまうのなら、『家族』になんてならなくて良い。はじめて預けられた親戚のところで思い知ったのだ。染められてしまえばしまうほど、別れが怖いのだと。

(こいつらも、同じだ)

始めだけ優しいのだ。始めだけ。あとは自分を厄介者だと認識し、他に捨てる。まるで雑巾のようだ。

(もう、何も考えたくねぇ)

親のことも、親戚のことも、これからのことも。そのままゆっくりと眠りに落ちた。

夕方になるとヨハンに夕飯だと起こされ、いらないと言うと、無理やりリビングへと連れて行かれた。遊馬は帰ったのか、姿は見えない。夕飯が終われば、風呂に入ってくるように言われ、夕飯のあとのデザートを頂く。それからヨハンとこれからについてだとか話をし、布団に入る。昼寝したにも関わらず、睡魔はあっという間に訪れ、凌牙は深い眠りについた。



「凌牙、朝だぞ」

誰かの声に小さく目を開けると、ぼやける視界の中、十代の顔が見えた。

「早く着替えて降りてこいよー」

まだ見慣れない部屋に、昨日からこの家に預けられたんだと実感する。近くにある目覚まし時計の針は、七時を指差していた。

「…早ぇよ、」

今日からこの家で生活が始まる。




朝ご飯を済ませてのんびりしていると、ヨハンの方が先に家を出た。目の前で新婚さながらに、行ってらっしゃいのチューを見せつけられた凌牙はうんざりと肩を落とす。八時過ぎると、また勝手にリビングの扉が開かれた。

「おはようございます!」
「おはよう。寝坊しなかったんだな」
「アラームを五個かけたんで!」

そこに居たのは、同じ中学の制服を着た遊馬。なんとなく意図が掴めた凌牙は、眉間に皺を寄せる。

「な、なんだよ…」
「コイツと一緒に行けってかよ」
「別に良いだろ!家隣だし、一緒に登校するぐらい。もう行こうぜ!んじゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。凌牙も気をつけてな」

十代に見送られながら、凌牙の腕を引くとそのまま外に飛び出す。

「離せ」
「あ、ごめん」

ずっと腕を握って居たことに気付いたのか、パッと手を離すと鞄を持ち直す。学校までの大通りに出ると、この時間帯は登校する生徒で溢れる。が、あの神代凌牙が誰かと登校をしている、と周りは視線を二人に送る。凌牙は学校でもがらの悪い不良だと言われ、誰も近寄らない。近寄りたがらないのだが、そんな彼が誰かと登校なんて、クラスの話題になるだろう。

「もう俺から離れろ」
「離れない」
「うぜぇぜ。離れろ」
「離れない」

遊馬はもう一度、強く凌牙を見た。

「離れない。一緒に行く」
「どーなっても知らねーからな」
「おう」

凌牙の許しが出たのが嬉しかったのか、遊馬は鼻歌を歌いながら校門をくぐる。一年のクラスは、昇降口は下で、二年の昇降口は上。凌牙は二年生であるため、ゆっくりと階段をのぼって行く。

「じゃあなっ」

遊馬も手を軽く振ってから、昇降口の中へと入って行った。


噂というのは一体誰が零したのかは知らないが、「神代凌牙はまた別の家に預けられた」という噂は、すぐに広まった。たった一日の出来事であったのに、誰が発端であるか分からない。知りたくもないのだが。

「またみたいだね」
「すげぇよな。どんだけ家に迷惑かけてんだか…」

迷惑をかけたつもりはない。まあ実際、問題を起こして親を呼ばれるのは良くあることなのだが。

「次は誰の家?」
「知らなーい」
「親戚じゃないんだよね」
「可哀想…」

噂を口々にするクラスメートを睨みつけてやると、すぐに押し黙った。
一応、芸能人の家などというのは広まっては居ないらしい。あまり、あの二人については話さないようにしておこう。
予鈴のチャイムが鳴り、すぐに担任が来て、授業が始まる。午前中はお決まりのように寝ていて話は聞いていない。そして昼休みになると、皆がバラバラに席を立つ。と、同時に教室の扉が大きく開かれた。

「あ、いたいたっ」
「…何のようだよ」

うんざりとした顔をして見た先には、お弁当を持った遊馬の姿。クラスの注目を浴びながら「飯食べようぜ」と笑顔で言うものだから何も言い返せない。無言で席を立つと、遊馬がその後ろをついてくる。

「お前の分もあるんだぜ」
「いらねぇよ」
「十代さんの飯、めっちゃ美味いんだからなー」

どうやらお弁当を作ったのは十代らしく、遊馬曰わく、学校に着いたら十代から弁当を忘れてるとメールがあり、一時間目の授業を抜け出して取りに行ったのだという。
たどり着いた人気のない屋上の片隅に座り、お弁当箱を開く。色とりどりのおかずに、遊馬は手を合わせて「いただきます」と箸を進めた。

「ほら、食べろよ?」
「いらねぇ」
「人のご恩は大切にしろって」
「……」

凌牙用に作られたお弁当箱を差し出されて、仕方なく箸を取る。それに満足したように遊馬も箸を進めた。




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