小説 | ナノ


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美術の時間。大きな画用紙に絵を描いて、明日の文化祭で飾るらしい。俺は絵が好きだったし、一番落ち着けられる。隣にいる遊馬は怠そうに白紙と睨めっこを続け、隣にあるパレットを見比べる。

「何描けば良いと思う?」
「自分で考えろ」
「良いじゃんかよ!シャークのケチ!」

隣で喚く遊馬を無視し、筆を取る。パレットの中に絵の具を垂らして筆に水をつける。それからふと、自分の左に居る生徒に目がいく。彼のパレットには青や群青、それから白などがあって、空でも描くのかと暫く見ていると、出来た色を筆につけ、ざっざっといった感じで画用紙に垂らした。画用紙一面に広がる青。白だった画用紙には空よりも少し青い色に変わった。

「シャーク?早く描こうぜ」
「…あぁ」
「んー。何が良いかな…俺って、こういうの駄目なんだよーっ」
「お前は能なしのヘボだからな」
「ヘボっていうなー!」

ほら早く描けよ、と急かせば、渋々といった様子で筆を取る。俺も、昨日テレビでみたフランスの風景を描こうと、パレットに色をつけ加える。茶色、青、白、それから。

「…虹、」
「え、何か言ったか?」
「……いや、」

彼の画用紙に描かれた青の上には、虹が追加された。それから暫くそれを眺めては、何をするわけでなく、既に筆は描くことをやめたのかバケツの中。ゆっくりと、なぞるように指を走らせる。
そして、きっと俺にしか聞こえない小さな声で、

「   」
「……」
「おい、シャークってば!さっきからぼーっとしてどうしたんだよ?」
「……いや」

いけねぇ、自分のに集中しねーと。放課後居残りになっちまう。
巻き返すように、でも丁寧に絵を仕上げていく。だがやはり人間には集中力の限界があって、三十分もすれば目が痛くなってくる。少し休憩しようと息を吐くと、隣にいた彼が席を立ち、何も無かったように教室を出て行く。それを目線で見送ると、隣から美術の担任が声をあげた。

「遊城くん!まだ絵仕上がってないでしょう?こんなの、明日のには出せないよ!こら、聞いてるの!?」

何を怒ってるのか、彼を絵を見てみると、黒い絵の具が、真ん中を中心に縦に一本の線を引いていた。さすがにこれは出展できないだろう。

「…なあ、遊馬。ヨハンて知ってるか?」
「ああ。知ってるぜ、行方不明になった奴のことだろ」
「やっぱりか」
「?」

この空の色。そのヨハンって奴の髪の色にそっくりだ。一枚の紙で物語は紡がれる。青と虹。まるで行方不明になった彼への架け橋といわんばかりに描かれた話だ。だけどこの黒い線は、まるでそこで物語が終わったかのように見える。もう紡ぐことをやめた色たちが、パレットの上で泣く。ただ一本の黒い線。

『ヨハン』

確かに彼はそう呟いた。気さくで、明るいと噂の生徒会長、ヨハン・アンデルセン。彼はある日を境に学校に来なくなった。家にも帰ってないらしく、皆は神隠しにあったんだとはやし立てた。

「なあシャーク、この絵、まるで架け橋が真っ二つになった感じだよな」
「架け橋が、真っ二つ…か」

彼とヨハンを繋ぐ架け橋が、か。そうなのかもしれない。だけどなぜだろうか。無駄に胸騒ぎがする。嫌な感じだ。

「さて、早く仕上げちゃおうぜ」
「そうだな」

何も考えないようにと、また筆を手に取り、色で物語を紡いだ。



だけど、空と虹を描いた遊城十代は、あの日を境に学校に来なかった。


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(俺は、色をやめた)
(青空はいつだって俺を拒むから)





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