小説 | ナノ


 水中酸素ボンベ



息継ぎをしなくなった魚は泡を吐いて死ぬ。酸素を求める唇は、魚のようにパクパクと動かして見たが、得られる空気など無くて。ぶくぶくと浮き沈みを繰り返す身体は、限界とばかりにもがいた。青は澄み渡り、空の中に居るという錯覚。しかし浮上すれば、空はここよりも青くて、曇りひとつ無かった。

「死ぬぞ」

上から声がしたかと思えば、柔らかいタオルが降って来た。頭にかかり、早く上がれとばかりに彼、凌牙はため息を吐く。プールで泳いでいた遊馬は、サイドへと上がるとタオルで頭を拭いた。外の気温は十℃程度で寒いというのに、水に浸かりでもしたら凍死しそうだ。

「…寒い。」
「当たり前だろ、馬鹿」

ど突いてやれば、遊馬はただ不満そうに眉を動かしただけ。(空は青いな。)凌牙から向けられた視線をスルーして空を見上げれば、青が一面に広がる。(シャークと一緒に、)(溶けてしまいたい)何も身体に残らなくて良い。海の中、空の中、全て泡のように混じり溶ければ良いと思った。

「シャークってずるいよなあ…」
「なんだよ」
「かっこ良いってこと」
「意味わかんねーよ」

クスリと笑うと、凌牙の頬を両手で挟み、少し背伸びをしてキスをする。酸素を求め、奪うように。遊馬は薄く瞳を開くと、凌牙の首に腕を回し、あろうことかそのまま後ろに倒れた。重力に逆らえなかった凌牙も、そのままプールへダイブ。
暫く水の中で唇を奪い合う。いや、酸素を、奪い合った。だけど得られる酸素はなく、奪われて行くだけ。ぶくぶくと泡が地上に向かって浮上する。

「…ぷっはあ!」

やがて息苦しくなった二人も水の中から上がると、軽く咳き込む。それから遊馬は凌牙に頭を殴られた。

「てっめぇ、馬鹿じゃねーのか?死にたいなら勝手に死ね。俺まで巻き込むな」
「違うって。別に死にたかったんじゃねーよ」

ただ、水の中でも酸素を奪えるか実験。結果は奪うことはできずに、水に溶けていくだけだった。これでは、自分が溺れたときに、君の酸素は奪えないなと思った。

「シャーク、」
「なんだ」
「すっげー好きだぜ」

だからお願い。

「一緒に生きてくれ」

水の中に居て苦しくなったなら、いつだって酸素を与えるから。君が泡になり消えぬように、自分が消えぬように。
凌牙は笑った。馬鹿にされたのかと思ったが違うらしい。瞳は何処か強い眼差しを持っていて、目が離せない。

「生きてやるよ。おまえが酸素を失う時までな」


寒い、彼はつぶやいた。
遊馬は風邪を引いたようで、ひっきりなしにくしゃみを連発している。「あんな寒い中、水ん中に居たからだ」と馬鹿にしてやれば、「良いだろ!」と怒りながらくしゃみをしていた。



(酸素がない、)凌牙は口を開いた。
(ならあげる。)遊馬は口を開いた。



夕日に照らされキスをする。互いの酸素を与えるように。ただ、呼吸を繰り返すように。


水中酸素ボンベ





遊馬くんが、冷静になってしまった…



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