小説 | ナノ


 「さあ、?しらない。」



からからから、自転車が駆けてく。自転車なんかに乗ったのは久方ぶりで、はじめは少しぎこちなかった。だがすぐに慣れ、二人分を乗せた自転車は、最果てを目指しこぎ続ける。何分もすると、いつも見慣れた街並みとは外れ、知らぬ街並みが広がっていた。風見鶏がクルクルと踊るように回り、微かに塩の匂いがする。海が近いのだろう。先ほどから遊馬が手に持つラジカセから天気予報が流れてはいるが、ノイズ混じりで良く聞こえない。石畳に入ると自転車はガタガタと大きく揺れ、遊馬はおっこちないように凌牙の腹に腕を回す。

「落ちそう」
「仕方ねーだろ」
「これから雨だって」
「戻るか?」
「やだ」

まだ空は青空が広がっている。これから雨だなんて勿体無い。石畳を抜ければ、遊馬は呑気に鼻歌を歌い、こちらまで楽しくなってしまうのが少しばかり悔しい。

「もっとスピード出せねーの?」
「てめぇが漕げ」
「やだ」
「わがままだな」

やがて海が見えて来た。後ろから感嘆の声が上がり、「海だぜ海!すげー!」と小学生のようにはしゃぐ遊馬にただ呆れる。海の真上では飛行機雲が空を描き、太陽の光を反射する海はキラキラ輝いていた。遊馬じゃなくとも、感嘆の声は上がるだろう。
凌牙も暫し自転車を止め、広い海を眺めた。

「…なあ、シャーク」
「なんだ」
「今頃、皆はどうしてんだろ」
「気になるなら帰れば良い」
「いやだ」

今日、何度目かの否定。互いに顔を海へと向けたまま、静かに手を絡め合う。このまま見知らぬ最果てまで行って、何が待ち受けているのか分からない。昨日から二人は自宅に帰っていない。遊馬がいきなり「何処か遠くに行きたい」と凌牙に言い、それを承諾して連れ出した。この一日、遊馬は帰りたいとは言わなかった。ただ「シャークと二人になりたい」と、何かを決めたような眼差ししか見受けられない。

「シャーク」
「なんだ」
「シャークは、後悔してるか?」
「なにがだよ」
「オレと一緒に来て」
「後悔してるなら、ここまでこねーよ」

再び自転車を漕ぎはじめた凌牙に、いきなりのことで少しバランスを崩す。しかしすぐに体制を取り直し、再び凌牙の腹へと腕を回すと、視線を海に向け、鼻歌を歌う。

(どこまで行けるかな)

この自転車ひとつで。
途中、警官に「君たちもしかして、」と声をかけられたがスルーして漕ぎだした。後ろから携帯か何かで「家出した少年二人を見つけた」とご丁寧にも誰かに伝言。もうここまで警官の目が回っているのか、少しばかり早漕ぎで警官から目を離した。

「もう見つかっちゃったのかよっ」
「っち、適当に路地裏入るぞ」
「おー」

遊馬は慌てた様子はなく、どちらかというとこの状況を楽しんでいた。ガタガタと揺れる。抜け道を出た途端、警官に呼び止められ、職務質問。

「君たち、お名前は?」


「さあ、?しらない。」

(そう言って二人で笑い、)
(また逃亡劇のはじまりだ)



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